ミステリー作家「安東能明(よしあき)」を応援する幼馴染によるサイトです。
とはいえ全国区になった彼の作品の読者の皆様からの書き込みもお待ちしています。
 
日本推理作家協会賞 短編部門 受賞
■第63回 日本推理作家協会賞受賞作決定(2010.4.23)
〈短編部門〉 安東 能明 随監 小説新潮5月号
こんなニュースが入ってきました。

前日から本人は上京して審査が行われる会場で待機させられていたようです。
ノミネートされたときから「受賞なんて無理無理」というメールが入っていたので本人もさすがにびっくりしたようです。

とにかくストイックに作品と格闘している作家ですから時にはこんなご褒美が無いと、、と友人としてもほっとしたりして(^_^;)

とにかくおめでとうございます。
【2010.05.05 Wednesday 09:55】 author : ando-blog
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作家の本気を見た!
このブログも気がついたら1年も放置していて本当にごめんなさい。

安東氏とはよく連絡も取るし、上京の折には時間を見つけてあったり、去年は私の母が亡くなって、お通夜にも来てくださった。

お互いにほぼ子育ても終わりに近いがそれぞれの子供の仕事や生き方のことで共通の話題も多く、、以外にいつまでも作家というよりも幼馴染なんだという感じでいる。

が、今年の初め取材のために上京した安東氏には驚いた。

都立図書館は住民にはあまりありがたさがわからないが、安東氏のほしい情報がたくさん埋もれていておまけに貸し出しができないシステムなので上京してはコピーを取っているようだった。

「時間があったらちょっと手伝って、、」ということだったが、携帯を自宅に置き忘れて出勤して、すぐにメールを返さなかったら「弟に手伝ってもらうからいいよ」と遠慮がちなメールが入っていたが、ちょうど暇だったし、広尾在住の私の知人の「佐保姫」にも会うついでに、行こうかな?と
実に軽い気持ちで出かけた。

10時過ぎに広尾の駅近くで待ち合わせ佐保姫は11時半過ぎに合流して、ちょっとコピーしてランチでも行くかあ。

と思ったのが大間違い。

安東氏のコピーというのは半端じゃなかった。

ノート2冊分にほしい情報が何年のなんという週刊誌にあるというメモを持ってきていた。インターネットで調べてここの蔵書にあるものを書きだしてきているのだが、、殺気まで感じる、、その量たるや。

今回は依頼されている警察小説がらみなので警察の事件ばかりを、、ノート2冊ですよ。

週刊現代・週刊新潮・週刊朝日・SPA・警察なんとか、、FRIDAY・etc

まず大体のものが合冊になって地下の?書庫に眠っているので用紙に書いてリクエストをする。1回に12冊がMAXなので3人で交互に記入しては出してもらい、街頭雑誌の街頭ページに付箋をはさんで「コピー依頼書」に雑誌名とページ数を書いてコピーコーナーに持っていく。

別の種類の雑誌が混ざると3冊づつしか出してもらえなくて、能率も落ちる。そのうちに誰のIDで頼んだものかわからなくなって窓口のおばちゃんに注意されちゃう(笑)

コピーもいちいちページの始めと終わりに付箋を挟むようにと注意されちゃう(笑)こんなにたくさん頼むお得意さんにも、、役所っぽい対応で、、ちょっとむかついたが、、まぁ仕方ない。サービス業じゃないですからね、図書館は。

何とか8割方はやっつけたという感じで夕方になってしまったので終了することに。

佐保姫は全く適任で彼女がいなかったら作業はたぶん半分くらいで終わっていたと思う。

館内の食堂で安東氏に御馳走になり、短い間だけど自己紹介=即昔からの知りあいみたいに佐保姫と話している。年齢も同級生だしね。

その合間にも、明日取材のために会う方から連絡が入ったりして忙しそうだ。地方在住の作家にも辛いことはあるよね。頑張れ安東氏。

午後もひたすら探して頼んでコピーして、、安東氏にはこれが財産なんだろうな。

それにしても、、全くでたらめ書いたって小説なんだけど彼の作家根性にはびっくりしました。
まぁ喜々としてコピーをかばんに詰めて帰る安東氏は、、オタクだね(笑)

このコピーを読んで何を感じて何を私たちに伝えてくれるのか、、

今年の安東氏にも期待してください。
【2008.01.27 Sunday 16:06】 author : ando-blog
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新聞博物館とライブラリー@横浜日本大通
新聞博物館取材魔の安東氏にとって確かに首都圏は取材できる場所も多く、行ってみたいところもたくさんあるし、会いたい方もたくさんいるようで、「横浜の新聞ライブラリー」の話題になった。
10年も横浜に住んでいたがそんなところがあるのも知らなかったので、面白そうで行ってみた。
新聞博物館というのはみなとみらい線の「日本大通駅」に直結している。博物館に入るには500円が必要だが、この日は報道写真展とかウルトラマンの展示がされていて、小学生と思しき団体も来ていた。


4Fの新聞ライブラリーには無料では入れるがかばんなどは持ち込めないのでロッカーに預けてビニールのバッグを借りて筆記用具や貴重品は持ち込む。マナーモードにした携帯電話もOKだ。

検索用のパソコンが4−5台とマイクロフィルムとかいう器械が台ぐらいあった。全国の新聞が(1日前までの)そろっていて、もちろん有名な新聞の縮小版もそろっている。

パソコン検索は読売新聞昭和20−35年とか35年以降とか朝日新聞とかに分かれていて1回2時間延長は他に使いたい人がいなければ1時間単位で延長できるが、朝日新聞のほうは30分だからたいした検索は出来ない。

もっともこの日のこの新聞とかこの記事と絞っていけばいいんだろうが。

コピーはA4版で1枚40円。ただし発行50たっていないものは前面コピーは禁止されているので記事だけにしたり、少しちょん切ったりすればいいようだ。

朝日新聞のほうはもちろん新しいのでコピーは不可だが、「記事の番号を記録してマイクロチップからお取できます」といわれたがこの日はマイクロチップに触ることも無く帰ってきてしまったのが悔やまれる。

サラリーマン風のおじさんやお兄さんが結構利用していた。工場にあるような機械の音でとても興味はあったのだが、、残念。

外に出るとおしゃれな横浜の街で、新聞少年の像などもあった。
新聞少年の像
売店のくまちゃん
【2007.01.14 Sunday 12:28】 author : ando-blog
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おめでとうございます
去年はすっかりブログの更新をサボってしまいました。
理由は、安東氏とはしょっちゅう連絡をしていて面白い話がたくさんあるのだが公表してよいかどうか?と悩みつつ、、

しかし今年はちょっと考えを変えた。
創作という仕事柄やはりネタ(漫才じゃないか)は作品になる前に公表するのはまずいとは思うが何気ないメールの中で面白そうなことはすっぱ抜いて行こうかと思っている(笑)

まずはサイトにもUPしたが昨年の初めのマガジンハウス社4誌に掲載された「特別な日」をブログにも載せてみた。

そして安東氏の今年の箱根駅伝の感想は以下。
ただし、彼はもう箱根駅伝に一喜一憂してはいない。
次の作品に向けて取材をしすぎないででも彼らしい作品に向けて始動している。今年は何冊本がさせるか。楽しみにしたい。

2007年の箱根駅伝の感想

 「駒澤大学が破竹の進撃をしていた頃、このままずっと駒澤が永久に勝ち続けるのではないか、と思っていた。監督の方針、選手のモチベーション、どれをとっても他校より一枚上だった。しかし、勝者必衰というべきだろうか。それとも、他校のレベルが上がってきたのだろうか。ここ数年は戦国駅伝と言われるようになってきた。その中で頭一つ抜けていたは、やはり伝統の順天堂大学だった。実際、今年の優勝も含めて3連覇していてもおかしくはなかった。
 それだけに、今年の順天堂の選手たちは心中期すものがあったにちがいない。圧巻は何と言っても、神様、今井君の驚異の5区、山登りだった。彼だけはまるで平地を走るが如く、あの急坂をもろともせず走り抜いたのだ。過去、山のスペシャリストとして名をはせた選手は多くいるが、彼はその中でもまちがいなく1,2を争う選手だ。5区のテレビ中継を見ていた視聴者はみな、驚喜していたのではないか。自分もその一人だった。
 それから日本テレビのスタッフの中継もすばらしいの一言に尽きる。マラソンの中継などを見ると、画面が頻繁にフリーズすることがある。しかし、今回の中継もフリーズはほとんどなかった。こちらも驚異である。」

【2007.01.08 Monday 16:29】 author : ando-blog
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「強奪箱根駅伝」後日談「特別な日」全文
「特別な日」(強奪箱根駅伝その後) 2006年1月2日発行 
                                    マガジンハウス WE LOVE HAKONE EKIDENより
 水野友里が健志台キャンパスに着いたのは午後五時をまわっていた。折からの悪天で、針のような雨が競技場のトラックに降っている。
 年末恒例の日体大記録会はたけなわだった。煌々と照明が当たる中、五十人近い選手たちが一塊になって走っている。
「ただいま、六千メートル通過、トップの日大、石井君の一キロの通過タイムは二分五十五秒」
 場内アナウンスが響くと、あちこちでどよめきが上がった。一万メートル五組にしては、かなりのハイペースだ。
 日没まで間がなかった。友里は薄手の制服姿のまま、選手たちの間をぬって歩く。
 放送席脇に走り終えたばかりの神大のランナーを見つけた。皆、四年生だ。そのかたわらに津留康介がいた。珍しく神奈川大学のプラウドブルーのベンチコートを着ている。
「おっす、水野先輩」口々に声をかけられる。
 友里は康介に寄り、「東日本おめでとう」と声をかける。
 康介は友里をふりむき、「ああ、どうにかな」と言ったきりトラックに視線をもどした
康介の所属する実業団チームは千葉で行われた東日本実業団駅伝十位に入った。元旦恒例のニューイヤー駅伝の参加資格を得たのだ。
 二年前、ふたりは神大を卒業した。在学中はともに神大の陸上競技部に籍をおき、康介は最終学年で箱根駅伝の正選手に選ばれた。しかし、駅伝の当日、マネージャーだった友里が誘拐され、康介自身も犯人に拉致されるという事件に巻き込まれた。
 関係者の尽力で事件は解決し、康介は無事、十区を走りきり、神大は総合優勝を果たした。友里も康介がゴールのテープを切るのを目の当たりにし、それ以来、絆はより深くなっている。
 康介の目は、集団の中頃を走るランナーに釘付けになっていた。
 神大陸上競技部副将の三好孝男だった。こちらも四年生。がっしりした体格であごひげが伸び、ハリネズミのような髪をタスキでまとめている。その風貌は学生というより実業団の選手に近い。
 三好は友里や康介より三つ年上の二十七歳。高校を出て就職したものの、箱根駅伝を走りたくて二十四歳のとき神大に入学してきた。友里が三年生のときだ。
 むろん推薦枠ではない。一般入試を経て入部してきた変わり種だ。しかも、競技との両立が難しい工学部を選んでいる。
 三年生で副将に選ばれた。頼りがいのある良き兄貴として、選手たちの信頼はとびきり厚い。
 早くも集団は第三コーナーをまわり、ふたりのいる前に近づいている。トップから最後尾の選手まで三十メートルに満たない。
 ダンゴ状態のまま、地響きをたてて目の前を通り過ぎていく。
 ハッ ハッ ハッ
 息づかいが怒濤のように押し寄せてくる。
「三好っ」
 康介が声を上げると、三好は意味ありげな流し目をくれて走り去っていた。腕の振りが、大きくなる。
 日大の石井が先頭のまま、ゴールラインを通過する。四百メートルのトラックを二十五周まわれば一万メートル。残すところ十二周。
「石井君、ただいまのラップは六十八秒一」
 場内アナウンスが四百メートルのラップを伝える。ふたたび、どよめきが起きた。
「すごいね、この組」友里はたまらず言った。
「ああ」と康介。
 最終組を待たずに、この組で二十八分台が出るかもしれない。健志台グラウンドは正式に公認された競技場だ。ここで記録を出せば正式なものとして認定される。それだけに、走る選手たちは必死の真剣勝負だ。
 それにしても寒い。かすかに残っていた日の光が薄まり、夜の闇が濃くなっていく。それにこの雨。着替える暇もなく、仕事着のままで来てしまった。体の震えが止まらない。
 二年前、神大を卒業した友里は、横浜にある百貨店に就職した。日曜日の今日は出勤の日だが、早退してきた。
 奇跡的な逆転優勝の立役者となった康介には、多くの会社から勧誘があった。その中から康介が選んだの実績はおろか、専門の練習場も持たない電気メーカーだった。ただ実業団にしては珍しく、駅伝専門のチームを立ち上げたばかりで、そこに賭けた。日中はフルタイムで総無関係の仕事をこなし、夕方から国立競技場で練習する。
 体重は一キロ増えて五十三キロになり、身長もわずかに伸びた。大学を卒業したとはいえ、体はまだ成長しているのだ。今年に入ってコンスタントに一万メートルを二十九分台で走るようになり、自信が顔に表れている。
 箱根でつぶされたとは絶対に言わせない。それが最近の口癖だ。
「そら、着ろ」康介が自分の着ているコートを脱いで、そっと友里の体にかけてくれた。
 友里は腕を通し、ジッパーを引き上げて帽子をかぶった。いくらか寒気がやわらぐ。
「おっ、来た来た」
 自衛隊の阿部が長い足でストライドをふみ、するするとトップに並んだ。一気に追い抜かず、ペースをゆるめる。
 阿部にはまだ余裕がある。三年前まで、法政のエースを四年間勤め上げた強者だった。レースの駆け引きなら右に出る者はいない。
「石井君、阿部君、ただいまのラップは六十七秒五」
 アナウンサーの声が上ずっている。
 固まっていた集団が少しずつばらけ、長い列になってきた。つれて、三好の位置が後ろにずれる。
「三好っ」康介がひときわ大きな声を上げる。
 ウォーミングアップを済ませているらしく、康介の首筋はピンク色の染まっていた。この後、最終組の出場が決まっているのだ。
 組分けはエントリーした記録から振り分けられる。それぞれの組に似た力の選手たちが集まり、後にいくにしたがい、レベルが高くなっていく。神大に籍を置いていたとき、記録会の最終組を走るということはなかった。
 康介は卒業後、確実に力を伸ばしている。それが友里には自分のことのようにうれしかった。
 走っているランナーの半分は実業団の選手だった。十二月もなかば近くなり、すべての大学で箱根駅伝に出場する選手たちは決まっている。
 この記録会に、主力クラスはもう出てこない。神大の箱根メンバー十四人もすでに決まっているが、他大学と同様、記録会には一人も参加していない。
「今年のメンバー選びはどうだった? 聞いてるか」康介がきいてくる。
「すんなり決まったみたいよ」
「ほう、」康介は信じられないようにつぶやく。
 神大の箱根メンバー選びは、いつも波乱含みだった。悪くすると大晦日まで決まらない。
 ふたたび、集団が迫ってきた。三好はやや位置を上げて、先頭集団のしんがりについている。走り去るとき、康介に不敵な視線を送ってきた。それに康介はにやりと笑みで答えた。
「三好さん、一発、引っかける気だ」康介がつぶやく。
同じレベルの選手が集まると、脱落者も少なく全員のペースが上がり、いい結果もしばしば生まれる。ただし、似たもの同士だからレースは駆け引きがすべてだ。力をため込んでおいて、一気にリリースする。その機を三好は狙っている。
 「康介君、いよいよ、来年はマラソン挑戦ね」
 康介は札幌国際ハーフマラソンで一時間十分の壁を破り、来る二月の東京国際マラソンの出場資格の一つをクリアしている。あとは、連盟の推薦を受けられるか否かだ。
 「ああ、いよいよだ」
 駅伝チームに入っていても、フルマラソンへの出場は見果てぬ夢だ。世界陸上、そしてオリンピック。駅伝の際にはそれがある。
「気持ちの整理できた?」
「うん、どうにか、な」
 大学は四年間という限られた期間の中で結果を出さなくてはいけない。しかし、ひとたび社会に出てしまえば、心がけ次第でどうにでもなる反面、自分を見失うこともある。事実、康介は去年一年間、目標をどこに置くかで悩んでいた。
 先輩、と声をかけられふりむくと、神大の箱根メンバーたちが六人、息せき切ってやってきた。
「どうです? おお、いけてるじゃないっすかぁ、副将っ」二年生の一人がトラックに身を乗り出さんばかりに声を上げる。
 康介がその体を引きもどす。「練習は終わったか?」
「五千を三つ流してきました」
「大丈夫? 風邪ひいたら監督に大目玉よ」
「わかってますって、でも、副将の姿を見ないことにゃ、箱根、走れないですよ」と別の選手が付け足す。
 康介がにやにやしながら、やりとりを聞いている。トラックの反対側にも残りの正式メンバーたちが駆けつけていた。
 どの大学も箱根のメンバーはすでに決まっている。選からはずれた四年生は“切れて”しまい、十二月の声を聞くと早々に故郷に帰ったり練習に出てこなくなる。
 しかし、神大の四年生はちがった。
 箱根のメンバー入りできなかった四人全員が今日の記録会に出場している。そして、精一杯の力をぶつける。その四年生たちの走りを目に焼き付けて、選ばれたメンバーは箱根の本番に望むのだ。
 たとえ、本番を走れなくてもいい。箱根を目指したというプライドがある。それだけで、十分なのだ。その特別な四年間を箱根は与えてくれた。
 だから三好にとって今日の記録会は、最後の晴れ舞台……決戦だった。
 レースは残り四百メートルを切った。先頭走者のラップは七十二秒前後まで落ちている。長く伸びていた列がいつの間にか縮まり、五人の先頭集団を作っていた。
第二コーナーを曲がるあたりで、三好がすっと前に出た。一人、二人……瞬く間に四人ほど抜き去る。先頭まであとわずかだ。
 三好は部内で十五番目の選手としてつけていた。十二月はじめ、最終学年ということもあり十四番目の選手と入れ替えて、メンバー入り寸前だった。それを自らすすんで辞退した。そういう、潔さがある。
「東京国際だけど、陸連の推薦はとれそう?」百合は康介に聞いた
 康介の顔つきが引き締まった。
「条件がついた」
「何?」
「今日、二十九分をきること・・・・おお」康介はランナーを見やった。
 石井と阿部の背後にぐんぐん、三好が迫ってくる。
「よし、三好っ、行けっ、ラストスパート!」
 三好の蹴りは強かった。前のめりになったその瞬間、かろやかに先頭におどりでた。腕の振りと脚さばきが自然とマッチし、体に比べて小さな腰が小気味よく揺れた。細かいピッチを刻み、そのままゴールへなだれ込んでいった。
「トップ神大、三好君。記録は二十九分五秒十七。自己新記録です」
 晴れがましいアナウンサーの声がグラウンドいっぱい流れた。応援団が一斉に勝ちどきを上げる。
 ふりむくと康介の姿はなかった。スタートラインに続々と選手たちが集まりだしている。その中にタンパン姿の康介がいた。
 18時5分。最終組のレースの号砲が鳴った。


著者が語る箱根駅伝の魅力とは?

 「強奪箱根駅伝」で箱根駅伝を舞台にしたきっかけは、10年ほど前に、「放送技術」という専門誌で読んだ、すぽつ中継の記事です。当初はマラソンと誘拐を絡ませようと思ったんですが、マラソンだと2時間ちょっとで終わっちゃう(笑)。そうしたら「安東さん、やっぱり箱根駅伝でしょう」と、編集者が言ってくれた。取材が始まってからは、多くの人に会いました。箱根駒ケ岳の中継ポイントに泊めてもらったり、大手町のゴールで知り合った神奈川大学の応援団の方に大後監督を紹介してもらったり。箱根駅伝のいいところは、近所の足の速いお兄ちゃんが出場する、という感じの親近感。だから選手たちの息づかいがリアルに感じられる。それと1区間が長く、2日間競技を続けるという戦略的な展開が、他の競技にはない深みと面白みを醸し出していると思います。今回の続編には、らんなーが箱根でレース人生の頂点を迎えることなく、マラソンでも世界の頂点に立って欲しい、という強い願いもこめましたが、まずは次の箱根駅伝に期待してしまいます。ここ数年、戦力の均衡gが指摘されながら、終盤は独走レースというパターンが続いていますよね。来年こそ、最後の最後までつばぜりあいするのを見たいっ!(談)
【2007.01.08 Monday 16:23】 author : ando-blog
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日系ブラジル人を取材中(二俣高校での講演会より)

 現在僕は次の小説を書くために色々準備をしています。ここの浜松地方は日系ブラジル人とか外国人の方が沢山働いていらっしゃるんですが、それをベースにして書いてみたいと思っていて日系ブラジル人を紹介していただいたりして逢っています。

 「ブラジル人の方っていうのはどんなもんじゃい?」でということで、まずご飯はどんなものを食べているとかそんなところから知らないといけないと思い浜松の天王町にあるブラジル人の経営するレストランがあるんですがそこに5時半ぐらいに行ってみました。 そこはバイキング形式になっていて、2800円位出すと「シュラスコ」というお肉とか食べ放題なんです。日系ブラジル人の方に聞くと『日本の食事がぜんぜん口に合わない』ということなのでブラジル料理はどんなものかと興味深々でいったんですけど。
 ご飯をちょっと硬めに炊いた上に小豆のちょっと大きな豆を煮たものをかけた「フェジョン」というんですが、黒い豆を肉とかとぐつぐつ煮た真っ黒な日本のおでんのような感じなんですけど「フェジョアータ」といったと思うのですがそれとかお肉を食べて9時半まで居て、それから浜松の市内に出てちょっとしたインターナショナルな感じのバーのようなところに行きました。そこにはコスタリカ人・イギリス人インド人とか沢山いらっしゃいました。

 その後11時半になりまして、これがこの日のメインだったんですが、ディスコですよね。日系のブラジル人の特に若い方が行くというディスコです。浜松駅の南側にちょっとしたホテルがあってその地下2階にディスコホールがあるんです。これが始まるのが11時半です土曜日の。

 夜の11時半にもかかわらずそのビルめがけてぞろぞろと沢山ブラジル人が行くんです。入場券を1000円払って入りました。女性は只です。ドアを開けたらいきなり音楽ががんがんがんがん響いてきて、おまけに「明け方の3時までは出てはいけない」ということらしくて。

 ブラジルはポルトガル語なんですが壁に『○×△□×◎3:00』と書いてあって「そうじゃないかな?」と思って読める人に聞いたら案の定そういうことでした。中に入ってもういきなり熱気むんむんで僕もこの歳なので(苦笑)『ちょっと3時までここに居たらどうかなっちゃうな』と思って隅に座っていろいろ見たりしてていて、まぁ1時間位居て無理やり出てきてしまったのですが、、、

こんな感じで小説の取材を少しずつやっているのですが

 皆さんはどうでしょうか?この中にも日系ブラジル人の方がいらっしゃいますか?居ないですかね?お父さん方はそういう方と多少触れ合う機会があるのかもしれないですがが。
 僕も「日系ブラジル人」というのはまったく本や新聞の上でしかか知らなくて、でもなんとなく「出稼ぎ」という言葉で9割がたわかったような気持ちになっているんですよね。
 日本に来て3-4年働いてお金を儲けて、それを持ってブラジルに帰るという。それ以上の知識はなかったのですが。色々の方に聞くと日本人の工場の下請けとか孫受けという工場とかで今の日本人がやりたがらないような俗に言う3Kという職場で働いているんですね。
 ところがその方の中にはブラジルでは弁護士をやられたり、ある方に聞いたらお医者さんという方もいました。こっちで2年間働いて開業資金にするのだというお医者さんとか歯医者とか沢山西部地方には出稼ぎに来ておられて、「ああそうか。そういう方々が来るんだぁ実際に見ると聞くでは違うな」ということを感じました。
【2006.04.09 Sunday 00:15】 author : ando-blog
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国会図書館に行ってみた
 安東氏のおすすめで国会図書館に行ってみた。永田町は乗換えでは使うがあまり用事がなくて降りた記憶がないくらい。駅から国会図書館への両側には地方自治会館とか何とか会館とか社民党のビルとかあって、警備の人もたっていてなんか日本の「悪の?中心」に来たみたいだ(笑)
 誰でも入れるが当日専用のカード作って手荷物も限られていてかばんなども持ち込めない。ちょっと緊張するぅ。
透明のプラスティックの袋に必要なものだけ入れてゲート通過。今日は新聞が専門に見られる新館の4階へ。ブラジルのサンパウロ新聞が大昔のものからここで見られるのです。
 3ヶ月ずつ製本してあって申し込むと奥ーーーのほうから持ってきてくれます。いやいやブラジルの日系移民が中心の新聞なので1990年ぐらいのものは日本に出稼ぎしませんか?という広告でいっぱい。大相撲がブラジル公演をしたことに比べるとその年のワールドカップのブラジルのニュースなど芥子粒のように小さい。同じ年に礼宮様が川島紀子さんと結婚したのでこれまた大騒ぎ。日本人の少年三浦カズがブラジルに来ていて帰国して読売ヴェルィに入団したとか、マルシアが紅白に出たとか、、なるほどというニュースが印象に残る。ブラジルから出稼ぎに来て夫婦でためた虎の子を空港で盗まれたというニュースは心が痛んだが数日後に日本の千葉の社長が気の毒におもって寄付してくれたとか嬉しいニュースも。いやぁ何日も遊べそう。国税払っているので皆さん言ってみたらいいです。まぁじもとの図書館も楽しいですけど。なんといっても色々そろっている。安東氏は都立図書館がお気に入りのようで、ここには雑誌がかなり豊富にそろっていて閲覧してコピーもすぐ出来るようです。
【2006.03.08 Wednesday 13:52】 author : ando-blog
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文学はパロディーでつながっている
 かなりご無沙汰のブログですが、安東氏の作品を離れて多少関係無きにしも非ずという範囲での書き込みも勝手に??いいことにしました。(自分的に)のでそういうつもりでお読みください。 
 読売新聞で募集していた青山学院大学と活字文化推進会議主催の読書教養講座公開授業というのに行ってみました。
講師は作家の清水義範さん。代表作は「国語入試必勝法」で吉川栄治文学新人賞受賞。『日本語必勝法』『ごみの定理』といってもひとつも読んだ事がなくてすみません。
 創作というのは唯一無二のものを作ろうとしても、沢山読んだ人にはそれだけの真似をするものがあって知らず知らずのうちに真似ている。しかし真似が悪いということでもなくて真似されたもの以上の出来になるものもあるということ。

 古くはBC5Cごろの「カエルとネズミの戦争」という叙事詩はホメロスの「イリアスオデッセイ」をぱくったものという話から始まり、『聖書』は真似されの宝庫。「騎士道物語」から「ドンキホーテ」に、ロシアではドストエフスキーの「白痴」に、日本では「ふうてんの寅さん」にまで影響が及んでいるとか。
 「ガリバー旅行記」は「ロビンソンクルーソー」から。

 夏目漱石の代表作もロンドン留学中の英語学者の漱石としての才能がスターン作「トリストラム・シャンディ」という作品を真似て書いたのが「吾輩は猫である」らしい。その漱石の「三四郎」の真似をしたのが森鴎外の「青年」とか。ふむふむ。
 後半の島田順好青学教授との対談は短かったが結構いい突込みがあって清水さんという作家さんは言葉へのこだわりで本を書いているんだなというのが感想。
 趣旨は『活字文化を埋没させるな』ということで、読売新聞が中心になって「巨人で稼いだ儲けをつぎ込めばいいと思っていたら去年は散々だった、けど儲けはあるから大丈夫」というところがかなり受けていましたが、そういうことらしい。

 老眼でかなり遠ざかっていたものの、安東氏がらみでまた昔の本好きに戻りつつある今日この頃こんな講演が気楽に聴けるのも東京住まいのおかげ、、というわけで、調子に乗って来週は北方謙三さんです。『歴史と人、時代と心』だって。
【2006.01.17 Tuesday 06:43】 author : ando-blog
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ポセイドンの涙が出来るまで
 題材的に一番長くかかったのが、1988年くらいだったと思うんですけど「日系サイエンス」という本があるんですが、小さい記事なんですけどユーロトンネルというのをご存知でしょうか?」英仏海峡を結ぶ海底トンネルなんですけど、それが日本の技術を使ってですね『トンネル堀マシン』というのを使ってそこを掘るという話が決まっていて、

 「トンネル堀マシン」というのは大きな鉄の筒みたいな1キロぐらいある筒をお互いからドリルがついていてどんどん土をかいていって掻いた土はベルトコンベアーで自動的に後ろに掘って行くという装置なんですけどそれをイギリスとフランス側からとお互いに掘っていって、ドッキングするときにどうなるかというと二つの電車みたいのが衝突するような感じになるんですよ。

 これをどうなるのかと思ったら記事によるとお互いに迂回して埋め込んじゃうんですよね電車ごと「あこれはちょっと面白いな」と思ってですね、でこののを題材にして埋め込んだとこに秘密文書かなんか埋め込んでですね、丁度そのころがEU統合が1993年くらいですけどもeu統合までにそういう国際謀略小説みたいなものをサッチャー首相を暗殺かなんか絡ませて書けばいいのがかけるんじゃないかと思っていたんですよ。
【2005.10.10 Monday 10:38】 author : ando-blog
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日本のトンネル技術は世界一「ポセイドンの涙」もよろしく
 書こう書こうと思っていたらあっという間にEU統合されてしまってですね、まぁいいや今度ユーロトンネルを題材に書けばいいやと思って1995年開通だからあと2年あるからそれまでに書けばいいやと思っていたらそれもあれよあれよという間に開通してしまってそれもかけなくなってしまっていたところが仕方ないなと思っていたんですが、
 
 昔からなんとなくトンネルというのが好きで石原裕次郎の『黒部の太陽』という映画を見てからトンネルが好きになって青函トンネルのことを調べだして、青函トンネルとユーロトンネルを題材にしたのを書こうと思っていたんですがヨーロッパと日本を結ぶドラマ的なものがどうしても見つからなくてそれは何かいいものはないかなと思っていたら、

 服飾関係ですよねブランドグッチとかね、ビジネスライセンスの争奪戦のようなものを書けばいいかなと思ってフランスとか日本とか往復して取材して行ったり来たりしたんですけど、

 ユーロトンネルも実際行ったんですけど職員の人にもあって多少は現地も見せてもらったんですよ。いかんせんフランス語もよく分からなくて資料的なものも読めなくていい資料もあつまらなかったのでユーロトンネルはコリャだめだなと思って

 ユーロトンネル堀りに行った方がた川崎重工の方が中心になっていて「プロジェクトx」にも出た方々なんですけど「ユーロトンネルの掘った苦労話を聞かせて下さい」って行ったんですけど『何も苦労しませんでした』って言うんですよ。(笑)でも「テレビでは凄く粘土層があって苦労されていたじゃないですか」とか言ったんですけど、『それは苦労のうちに入りません。テレビでは一応言ってましたけど何の苦労もありませんでした』って。

 もうガクンですよね。もう「ユーロトンネルもだめだわい」と思ってもうやめまして、青函トンネルだけにしましてその小説がようやく先月書き終えて来月の七夕のころには出ると思いますので最後宣伝になっちゃって申し訳ないんですが、、題名がですね。えーっとあのぉ題名がですね。いろいろ考えたんですよぉ『漂流トラック』とか『強奪箱根駅伝』とかすぐに固まったんですけどいろいろ今回なかなかタイトル決まらなくてあーだこーだ悩んだんですけども最後は海のことなので『ポセイドン』で「ポセイドンの涙」って言うタイトルで出ますんで今回お買い求めいただけると助かります。(笑)
【2005.10.10 Monday 10:38】 author : ando-blog
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