ミステリー作家「安東能明(よしあき)」を応援する幼馴染によるサイトです。
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初めて活字で僕の名前が、、そして最終選考に残った思い出の作品
 1994年なんですが「日本推理サスペンス大賞」というのがあったんですよ当時は、宮部みゆきさんとか高村薫さんとか当代きっての流行作家の方がたが出た賞で、僕も高村かおるさんの本読んでびっくりして「お!こりゃ凄い」と思ってこの賞に応募しようと思っていたのは1992年頃だったです。

 バブルが丁度終わった頃なんですけどね。で1993年にそのときから本を書きだして、良く覚えてるんですけども35歳の2月くらいからですね本を書きだして、僕はとても原稿用紙でかけなくてワープロでいきなり書きだしたんですけども、一応もう最初は何がなんだかわからずとにかく長編の応募だもんですから原稿用紙に500枚とか600枚とかって書いてあったもんですからまぁその分量にあるだけはとにかく書いて送ったんですけども、、、

 送ったらなんか3次選考とか2次とか1次選考とかあるんですよね。で1次選考をいうのは50本ぐらい残ったと思うんですけどその中に活字で始めて僕の名前がと題名が載ったもんですから「あれっ」てびっくりして「まさか!」って思って、それでその年は終わったんですけど欲が出てしまって、
 
 次の年は多少あらすじも考えて「真空回路」という題名でまた原稿用紙600枚くらい書いて、応募したんです。

北朝鮮ネタ「真空回路」

 その内容は原子力発電所に務めているおとうさんが主人公で、中学生の息子を持っていてその息子が胆道閉鎖症って肝臓が癒着してだめになった、余命いくばくも無いような重い病にかかっていて、臓器移植しないと助からないような息子なんですけど、お父さんの所へ北朝鮮の工作員が接触してきてですね「息子さんの移植を北朝鮮に行ったらやってあげるからあんたは原子力の技術者として北朝鮮に来ないか?」って。スパイですよね。それでその話に乗ってお父さんと息子は密航するような形で北朝鮮に渡ってですね、そうすると今北から帰ってきた方がいたような招待所とかそういったところにも入れて、あっちでかなり冒険小説的にいろんな動きをやって最後はまぁ激しいアクションとか繰り広げて、結局北朝鮮に行っても息子の手術はしてくれないってことがわかったので北朝鮮を辛くも脱出してくるという本をそれが「真空回路」という冒険小説ですが、それを書いたら今後度は「最終候補」っていうのに残りましてね。
【2005.08.15 Monday 22:55】 author : ando-blog
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