ミステリー作家「安東能明(よしあき)」を応援する幼馴染によるサイトです。
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「強奪箱根駅伝」後日談「特別な日」全文
「特別な日」(強奪箱根駅伝その後) 2006年1月2日発行 
                                    マガジンハウス WE LOVE HAKONE EKIDENより
 水野友里が健志台キャンパスに着いたのは午後五時をまわっていた。折からの悪天で、針のような雨が競技場のトラックに降っている。
 年末恒例の日体大記録会はたけなわだった。煌々と照明が当たる中、五十人近い選手たちが一塊になって走っている。
「ただいま、六千メートル通過、トップの日大、石井君の一キロの通過タイムは二分五十五秒」
 場内アナウンスが響くと、あちこちでどよめきが上がった。一万メートル五組にしては、かなりのハイペースだ。
 日没まで間がなかった。友里は薄手の制服姿のまま、選手たちの間をぬって歩く。
 放送席脇に走り終えたばかりの神大のランナーを見つけた。皆、四年生だ。そのかたわらに津留康介がいた。珍しく神奈川大学のプラウドブルーのベンチコートを着ている。
「おっす、水野先輩」口々に声をかけられる。
 友里は康介に寄り、「東日本おめでとう」と声をかける。
 康介は友里をふりむき、「ああ、どうにかな」と言ったきりトラックに視線をもどした
康介の所属する実業団チームは千葉で行われた東日本実業団駅伝十位に入った。元旦恒例のニューイヤー駅伝の参加資格を得たのだ。
 二年前、ふたりは神大を卒業した。在学中はともに神大の陸上競技部に籍をおき、康介は最終学年で箱根駅伝の正選手に選ばれた。しかし、駅伝の当日、マネージャーだった友里が誘拐され、康介自身も犯人に拉致されるという事件に巻き込まれた。
 関係者の尽力で事件は解決し、康介は無事、十区を走りきり、神大は総合優勝を果たした。友里も康介がゴールのテープを切るのを目の当たりにし、それ以来、絆はより深くなっている。
 康介の目は、集団の中頃を走るランナーに釘付けになっていた。
 神大陸上競技部副将の三好孝男だった。こちらも四年生。がっしりした体格であごひげが伸び、ハリネズミのような髪をタスキでまとめている。その風貌は学生というより実業団の選手に近い。
 三好は友里や康介より三つ年上の二十七歳。高校を出て就職したものの、箱根駅伝を走りたくて二十四歳のとき神大に入学してきた。友里が三年生のときだ。
 むろん推薦枠ではない。一般入試を経て入部してきた変わり種だ。しかも、競技との両立が難しい工学部を選んでいる。
 三年生で副将に選ばれた。頼りがいのある良き兄貴として、選手たちの信頼はとびきり厚い。
 早くも集団は第三コーナーをまわり、ふたりのいる前に近づいている。トップから最後尾の選手まで三十メートルに満たない。
 ダンゴ状態のまま、地響きをたてて目の前を通り過ぎていく。
 ハッ ハッ ハッ
 息づかいが怒濤のように押し寄せてくる。
「三好っ」
 康介が声を上げると、三好は意味ありげな流し目をくれて走り去っていた。腕の振りが、大きくなる。
 日大の石井が先頭のまま、ゴールラインを通過する。四百メートルのトラックを二十五周まわれば一万メートル。残すところ十二周。
「石井君、ただいまのラップは六十八秒一」
 場内アナウンスが四百メートルのラップを伝える。ふたたび、どよめきが起きた。
「すごいね、この組」友里はたまらず言った。
「ああ」と康介。
 最終組を待たずに、この組で二十八分台が出るかもしれない。健志台グラウンドは正式に公認された競技場だ。ここで記録を出せば正式なものとして認定される。それだけに、走る選手たちは必死の真剣勝負だ。
 それにしても寒い。かすかに残っていた日の光が薄まり、夜の闇が濃くなっていく。それにこの雨。着替える暇もなく、仕事着のままで来てしまった。体の震えが止まらない。
 二年前、神大を卒業した友里は、横浜にある百貨店に就職した。日曜日の今日は出勤の日だが、早退してきた。
 奇跡的な逆転優勝の立役者となった康介には、多くの会社から勧誘があった。その中から康介が選んだの実績はおろか、専門の練習場も持たない電気メーカーだった。ただ実業団にしては珍しく、駅伝専門のチームを立ち上げたばかりで、そこに賭けた。日中はフルタイムで総無関係の仕事をこなし、夕方から国立競技場で練習する。
 体重は一キロ増えて五十三キロになり、身長もわずかに伸びた。大学を卒業したとはいえ、体はまだ成長しているのだ。今年に入ってコンスタントに一万メートルを二十九分台で走るようになり、自信が顔に表れている。
 箱根でつぶされたとは絶対に言わせない。それが最近の口癖だ。
「そら、着ろ」康介が自分の着ているコートを脱いで、そっと友里の体にかけてくれた。
 友里は腕を通し、ジッパーを引き上げて帽子をかぶった。いくらか寒気がやわらぐ。
「おっ、来た来た」
 自衛隊の阿部が長い足でストライドをふみ、するするとトップに並んだ。一気に追い抜かず、ペースをゆるめる。
 阿部にはまだ余裕がある。三年前まで、法政のエースを四年間勤め上げた強者だった。レースの駆け引きなら右に出る者はいない。
「石井君、阿部君、ただいまのラップは六十七秒五」
 アナウンサーの声が上ずっている。
 固まっていた集団が少しずつばらけ、長い列になってきた。つれて、三好の位置が後ろにずれる。
「三好っ」康介がひときわ大きな声を上げる。
 ウォーミングアップを済ませているらしく、康介の首筋はピンク色の染まっていた。この後、最終組の出場が決まっているのだ。
 組分けはエントリーした記録から振り分けられる。それぞれの組に似た力の選手たちが集まり、後にいくにしたがい、レベルが高くなっていく。神大に籍を置いていたとき、記録会の最終組を走るということはなかった。
 康介は卒業後、確実に力を伸ばしている。それが友里には自分のことのようにうれしかった。
 走っているランナーの半分は実業団の選手だった。十二月もなかば近くなり、すべての大学で箱根駅伝に出場する選手たちは決まっている。
 この記録会に、主力クラスはもう出てこない。神大の箱根メンバー十四人もすでに決まっているが、他大学と同様、記録会には一人も参加していない。
「今年のメンバー選びはどうだった? 聞いてるか」康介がきいてくる。
「すんなり決まったみたいよ」
「ほう、」康介は信じられないようにつぶやく。
 神大の箱根メンバー選びは、いつも波乱含みだった。悪くすると大晦日まで決まらない。
 ふたたび、集団が迫ってきた。三好はやや位置を上げて、先頭集団のしんがりについている。走り去るとき、康介に不敵な視線を送ってきた。それに康介はにやりと笑みで答えた。
「三好さん、一発、引っかける気だ」康介がつぶやく。
同じレベルの選手が集まると、脱落者も少なく全員のペースが上がり、いい結果もしばしば生まれる。ただし、似たもの同士だからレースは駆け引きがすべてだ。力をため込んでおいて、一気にリリースする。その機を三好は狙っている。
 「康介君、いよいよ、来年はマラソン挑戦ね」
 康介は札幌国際ハーフマラソンで一時間十分の壁を破り、来る二月の東京国際マラソンの出場資格の一つをクリアしている。あとは、連盟の推薦を受けられるか否かだ。
 「ああ、いよいよだ」
 駅伝チームに入っていても、フルマラソンへの出場は見果てぬ夢だ。世界陸上、そしてオリンピック。駅伝の際にはそれがある。
「気持ちの整理できた?」
「うん、どうにか、な」
 大学は四年間という限られた期間の中で結果を出さなくてはいけない。しかし、ひとたび社会に出てしまえば、心がけ次第でどうにでもなる反面、自分を見失うこともある。事実、康介は去年一年間、目標をどこに置くかで悩んでいた。
 先輩、と声をかけられふりむくと、神大の箱根メンバーたちが六人、息せき切ってやってきた。
「どうです? おお、いけてるじゃないっすかぁ、副将っ」二年生の一人がトラックに身を乗り出さんばかりに声を上げる。
 康介がその体を引きもどす。「練習は終わったか?」
「五千を三つ流してきました」
「大丈夫? 風邪ひいたら監督に大目玉よ」
「わかってますって、でも、副将の姿を見ないことにゃ、箱根、走れないですよ」と別の選手が付け足す。
 康介がにやにやしながら、やりとりを聞いている。トラックの反対側にも残りの正式メンバーたちが駆けつけていた。
 どの大学も箱根のメンバーはすでに決まっている。選からはずれた四年生は“切れて”しまい、十二月の声を聞くと早々に故郷に帰ったり練習に出てこなくなる。
 しかし、神大の四年生はちがった。
 箱根のメンバー入りできなかった四人全員が今日の記録会に出場している。そして、精一杯の力をぶつける。その四年生たちの走りを目に焼き付けて、選ばれたメンバーは箱根の本番に望むのだ。
 たとえ、本番を走れなくてもいい。箱根を目指したというプライドがある。それだけで、十分なのだ。その特別な四年間を箱根は与えてくれた。
 だから三好にとって今日の記録会は、最後の晴れ舞台……決戦だった。
 レースは残り四百メートルを切った。先頭走者のラップは七十二秒前後まで落ちている。長く伸びていた列がいつの間にか縮まり、五人の先頭集団を作っていた。
第二コーナーを曲がるあたりで、三好がすっと前に出た。一人、二人……瞬く間に四人ほど抜き去る。先頭まであとわずかだ。
 三好は部内で十五番目の選手としてつけていた。十二月はじめ、最終学年ということもあり十四番目の選手と入れ替えて、メンバー入り寸前だった。それを自らすすんで辞退した。そういう、潔さがある。
「東京国際だけど、陸連の推薦はとれそう?」百合は康介に聞いた
 康介の顔つきが引き締まった。
「条件がついた」
「何?」
「今日、二十九分をきること・・・・おお」康介はランナーを見やった。
 石井と阿部の背後にぐんぐん、三好が迫ってくる。
「よし、三好っ、行けっ、ラストスパート!」
 三好の蹴りは強かった。前のめりになったその瞬間、かろやかに先頭におどりでた。腕の振りと脚さばきが自然とマッチし、体に比べて小さな腰が小気味よく揺れた。細かいピッチを刻み、そのままゴールへなだれ込んでいった。
「トップ神大、三好君。記録は二十九分五秒十七。自己新記録です」
 晴れがましいアナウンサーの声がグラウンドいっぱい流れた。応援団が一斉に勝ちどきを上げる。
 ふりむくと康介の姿はなかった。スタートラインに続々と選手たちが集まりだしている。その中にタンパン姿の康介がいた。
 18時5分。最終組のレースの号砲が鳴った。


著者が語る箱根駅伝の魅力とは?

 「強奪箱根駅伝」で箱根駅伝を舞台にしたきっかけは、10年ほど前に、「放送技術」という専門誌で読んだ、すぽつ中継の記事です。当初はマラソンと誘拐を絡ませようと思ったんですが、マラソンだと2時間ちょっとで終わっちゃう(笑)。そうしたら「安東さん、やっぱり箱根駅伝でしょう」と、編集者が言ってくれた。取材が始まってからは、多くの人に会いました。箱根駒ケ岳の中継ポイントに泊めてもらったり、大手町のゴールで知り合った神奈川大学の応援団の方に大後監督を紹介してもらったり。箱根駅伝のいいところは、近所の足の速いお兄ちゃんが出場する、という感じの親近感。だから選手たちの息づかいがリアルに感じられる。それと1区間が長く、2日間競技を続けるという戦略的な展開が、他の競技にはない深みと面白みを醸し出していると思います。今回の続編には、らんなーが箱根でレース人生の頂点を迎えることなく、マラソンでも世界の頂点に立って欲しい、という強い願いもこめましたが、まずは次の箱根駅伝に期待してしまいます。ここ数年、戦力の均衡gが指摘されながら、終盤は独走レースというパターンが続いていますよね。来年こそ、最後の最後までつばぜりあいするのを見たいっ!(談)
【2007.01.08 Monday 16:23】 author : ando-blog
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