ミステリー作家「安東能明(よしあき)」を応援する幼馴染によるサイトです。
とはいえ全国区になった彼の作品の読者の皆様からの書き込みもお待ちしています。
 
「凍える火」のエピソード うっかり言った一言に凍えた安東氏
中日新聞で連載をさせていただいたんです。静岡県内版ですけど『凍える火』っていうのです。ミステリーでそれはまだ小説の本になっていないんですが、人が燃えて、人が燃えちゃうんですよ燃えたところが衣服とかが真っ黒になって燃えているんですけど、解剖をすると寒いところで死んだという凍死だという所見が出るんです。そういう謎解きの小説なんですけど。その主人公を東京の刑事にしようと思っていてその実家が川口の鋳物工場の暑いところで火をがんがんおこして鉄を打つ暑い鋳物ですよね取材に川口にいったんですけど。
飛び込みで行っていろいろ聞いたりしたんですけど、飲み屋とかに行ってそのへんのおっさんに話を聞いてみようと思って「川口って吉永サユリの『キューポラがある街』ってヒットしてよかったですよね」とかって僕ポロッと言ったんですよそしたらみんなにこうにらみつけられて「僕なんか悪い事言ったかな?」って思ったんですけど吉永サユリの白黒の昔の映画ですけどあれの舞台が川口だったんで、持ち上げるために言ったんですよ。僕見てはいなかったんですけど。
皆さんが飲み屋のおじさんたちが怒るんですよ。そしたら当時東北のほうからの集団就職の金の卵たちが出てくるんですけどその子供たちが「あのキューポラのある川口だけはいやだと煙がもくもく立っていて暑そうで辛そうであんなのは絶対いやだ」ということで川口だけは集団就職から取り残されたらしいですよ。それなのにぼくがそんな事言ったので火に油を注いだようなものだったんです。あぁそうか迂闊なことはいえないなっていろんな小説や映画やいい影響もあるんでしょうけど悪い影響もいろんなところで出ているんだろうなと思いましたとこぼれ話です。
【2005.10.01 Saturday 16:05】 author : ando-blog
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講演会より:「漂流トラック」その3 宮崎置いてきぼり事件
漂流トラックの中の荷物を考えてとにかく「過積載」でないといけないので何がいいかなと考えていたんですけど、瓦が、屋根瓦が重いんですよ凄く。
 藤枝に瓦の産地の淡路島に瓦を仕入れに行く人がいてそのトラックに乗せていってもらって、淡路島で九州にかわらを運んでいくトラックに乗せてもらってでずっとフェリーとかものって、宮崎までずんずん降りてきて都城というところで運転手さんが泊まるようなドライブインにいたら『ここで待ってて』といわれてご飯食べて待っていたけど半日ぐらい待っていてもぜんぜん現れなくてあれ?とか思ったんですけどそこで捨てられてしまって(笑)

 そこの女性2人がやっていたんですけど片方の方が浜松に勤めていたことがあるといっていたんですけど、バスも電車もないところで頼んで駅まで乗せていってもらって夜に鹿児島で泊まって、鳥栖まで電車で行って。
 鳥栖が物流の中心だと思っていたのでタクシーの運転手さんに「こうこういうわけだ」と 言ったて聞いたらいろいろ案内してくれて、鳥栖でトラックの社長さんを紹介してもらってタクシーの運転手さんにそこでまた乗せてもらって岐阜まで来て電車で帰ってきました。
 日本をトラックで転々としたわけです。何でそんなことしたかといいますとねとにかく運転手が主人公で生の声が聞きたかったんですけどなかなか生の声も聞けなくて。
 たまたま編集者が来て、『どうですか?進んでますか?』って聞かれて「ぼちぼち」とかいったんですけど実際はぜんぜん進んでいなくて『安東さんそれなら主人公を女の運転手にしようか?』とかっていわれて『いいですね』って僕もその気になってまた今度は女性のトラック運転手めぐりですよ、
 また今度も東北から九州まで紹介してもらって、女性のドライバーの方って結構全国的につながりがあるので最初にゴットおばさんみたいな人を紹介してもらって東北から最後に長崎の運転手にあってこの人が主人公にぴったりだと思って決めたんですけど取材ばっかりやってたら取材のほうが面白くなってしまって肝心の小説のほうがどっかにすっ飛んでしまって会社も辞めたばかりで時間も有り余るほどあって取材ばっかりやってそれがが面白くて『いったい俺はなにをやっているんだ?』てそういうのが2-3年ありましたね。『よくないよなぁ』っていうのがありましたね
【2005.09.05 Monday 10:05】 author : ando-blog
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講演会より:「漂流トラック」その2とてつもなく物寂しいところ探して
日通の本社って秋葉原にあるんですよ。そこに物流図書館というのがあると聞いてですね『ここに行けば絶対ある』と思ってですね何とか入らせてもらえないかとメールしたら『いいですよ』って入れていただいたんですけどね、、そうこうしている内に題名だけは浮かんできてですね『なんかトラックが漂流するような感じがいいかなと思って編集者に『漂流トラック』って言ったら「是非そりゃあいいああそれでいこう」とかってことになりましてでもそのときには粗筋も決まっていなくてまた日通にお邪魔していたら偉い常務の方にお話してそのころは簡単な粗筋はできていて日本を北海道から南下してくるような話でトラックを北海道の誰もいないような場所隠してあるトラックを持ってくるような話にしたい。っていう話しををしたんですよそしたらそこのたまたま社長さんが昔北海道の北見支店の支店長だったらしくて『じゃいいところがあるから行け!』っていうことになって飛行機で北見市にいったら北見の支店長さんが黒塗りの車で迎えに来てくれて僕が小説の題材になるようなものをリクエストしたんです、『一番人がいなくて寂しくてなお且20トン近いトラックを隠せるようなところでとてつも無く物寂しい所につれてって下さい』ってリクエストしたんですよ「えーっ?」とかいわれて「うーん」とかね。
でも2泊3日ぐらいであちこち連れて行って下さったんです。
最初は野付半島というところにいったんです。ご存知ですか?確かに寂しいですよね本当に「ここじゃぁ何も無いのでトラック隠せません」とかいってですね。次に日は凄く山の中の何もいないようないところにいったんですけど打ち捨てられたような牧場があったんですけどね、
あぁその前に飛行機で北海道に入るときに上から見たらかまぼこ型のがいっぱいあちこちにあるんですよね、北海道にいった事がある方はご存知かと思いますがサイロですよね。農機具置くところっていうかたくさんあったので『あぁなんだこれならもう探さなくていいや』って。トラックも隠せるところ沢山あるじゃないかって思ったんですけどね。もう行かなくてもいいやと思ったんですけど約束していたから行かなきゃと思ったんですけど。

 寂しいところも紹介してもらってあとはトラックも紹介してもらって北見市からずっと乗り継いで旭川までいってそこで乗り換えて別のトラックでずっと南下してきて、仙台のあたりまで来たんですけど仙台の日通の支店長さんに話がとおってなったらしくて本当は助手席に乗せちゃいけないんですよね『お前何のつもりで乗ってきたんだ』って怒られてしまって『ああすいません』とかってそこでトラック下ろされちゃって仕方なくて仙台から浜松までどうしようもなくて帰ってきちゃったんですよね。
【2005.09.05 Monday 09:58】 author : ando-blog
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講演会より:「漂流トラック」その1
その後は『漂流トラック』というのを書いたんです。これは別にアイディアも何も無くて、編集者と『次は何を書こうかね?』といったときに、僕が『物流でもいいかねぇ?』っていったんですけど、
 『物流』って言葉ありますよね。それを一言いったら『じゃぁ物流にしましょう』ってことになりましてもうそれだけで決まっちゃって、物流っていっても広い意味がありますし、トラックにも乗ったことが無くて「えっ?」って感じになっちゃって、
 でも『物流』って言葉はなんとなくいいですよね。なんかあるような感じがするじゃないですかドラマティックな(笑)うん。で、佐川急便とかもあったし、なんかいろいろあるじゃないかということを連想させますよね。
『もう分かりましたじゃあ書きますよ』なんて軽く言っちゃんですよ。

 それはいいけどまったく五里夢中というのはあのことだったのですけど何をしようかなって本も読んだんですけど、ネタは無いですよね。本を頼りにしようってインターネットで見ていて日通のホームページがあるんですけど、そこにある物流の専門家の方にこうこう書きたいんですけどってメールしたんです
【2005.09.05 Monday 09:56】 author : ando-blog
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「ポセイドンの涙」本音に近いところ"ユーロより青函トンネル?”そして、、
 「当初、英仏海峡のユーロトンネルを書こうと調べていたら、あそこには青函トンネルの関係者・技師が呼ばれて意見を求められていた。

 日本のトンネル掘削技術は相当なもので、掘っている最中に海水がジャバジャバ漏れてくる青函を掘った技術は世界一。やはりココは青函トンネルで殺人事件をかかなければ、と思ったわけです。」 


 著者が生まれ育った天竜川沿いの町には黒部ダムを造った関係者らも暮らし、子供の頃から大型公共工事とその物件が大好きだった。

「現地の取材、資料集めでトンネル抗夫の子供たちの『工事が永遠に終わらなければいいのに』という文集を見つけたのです。工事が終われば労働者はそれぞれの故郷に帰ってしまう。友達と別れるのが辛いわけですね。
(中略)
しかもある大蔵官僚は、『戦艦大和・青函トンネル・整備新幹線』を造っても無駄な”三大バカ査定”と称したわけです。

 こういう青函トンネルとはいったい何なのか。そこもぜひ書かなければと、いろんな意味で覚悟しました」

「青函トンネルという、とてつもなく強烈で、空虚な存在が、どういう人の人生を狂わせたのか、ぜひお楽しみください」とのことです。

8月22日日刊ゲンダイ掲載[HOT Intereview]より抜粋しました。
【2005.09.03 Saturday 12:50】 author : ando-blog
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「鬼子母神」 その3 どうしても書きたい そして受賞
 そういう症例をを聞いてにわかには信じられないですよね。とてもじゃないけど、でもその方は日本の児童虐待の権威の方だもんですから。

 僕がセミナーが終わって『どうかな?』って思ったんですけどその先生に身分を明かしちゃったんですよ。実は「こうこうこういうことで小説書いていて、そういう職場にいて先生の話を興味をもったんですがとても信じられない」といったら丁度その先生が『死が舞い降りた』を読んでいてくれてですね「あんたのことは知ってる」といってくれてですね、それで「ああそうですか」ってことになってこう「じゃぁもっと詳しいことを教えてあげる」ということになって先生のお宅にお邪魔したりして、

 もっと決定的になったのはNHKでその先生が監修されたVTRが放映されたんですよ。オランダで作られた番組なんですが、そこは病院にお母さんと子供さんを2人きりで置いて隠しカメラを置いておくんですよ、四六時中。実際に痛めつけて首を絞めて殺す寸前のところまでいって実際は急遽助けが入って助かったんですけど決定的な子供を殺す寸前の所までのVTRを見たりして。

 それは「代理によるミュンヒハウゼン症候群」といって、英語で言うと「ミュンヒハウゼンシンドロームバプロクシーイMSBP」っていうんですが、先生から話を聞いていて僕なりにその先生が児童虐待のバイブルになっている1万円くらいな本があるんですけどそれはアメリカで書かれてその先生がそのときに翻訳していたんですが、「代理によるミュンヒハウゼン症候群の細かい資料とかいただいてですね。

 それらを読んで自分なりに確信がもてて『鬼子母神』というのを書いていたんですけど、もうミステリーというよりもミステリーは二の次にしても児童虐待でこんなひどいものがあるからこれを中心にしてやらなきゃいけないなぁという風にですねそれでミステリーとかホラー色が無くなってしまったんですがそれが『ホラーサスペンス大賞』で賞をいただいて、運良く賞をもらってテレビに放映されました。

 テレビになったんですがテレビはものすごく放送コードが厳しいので制約が激しい媒体なので、僕が一番言いたかった「代理によるミュンヒハウゼン症候群」というのが全部削り取られてしまっていて、まったくそういうところは無くてただの児童虐待のテレビなってしまってちょっと落胆はしたんですがそういうことがありまして。

 それでも児童虐待や子育ての周辺の本をいっぱい読んで、僕も家庭があって子供も二人いて妻もいてなんですけど、子育てとか虐待とかまったく深く考えたことが無くて自分勝手に興味の赴く向くまま小説を書いただけだったんですが『鬼子母神』を書くことで生きている自分の足元を見せつけられたっていうかあれを書かなかったら僕って言う人間は今でもそうなんですけど凄く傲慢で、とにかくそのことで勉強しなったらひどい人間になっていたなぁという風に思いました。
【2005.08.24 Wednesday 18:56】 author : ando-blog
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「鬼子母神」へ その2 運命のセミナー参加 
 児童相談所ていうのは県の施設なんですけど2月ぐらいに職員向けの全国セミナーが東京で開かれて、僕は(身分上)そこへ参加できないので自腹でこっそり児童相談員みたいな顔してそこへ入り込んでしまって朝から晩まで2泊3日参加しました。
 児童虐待の話ばっかりですよね。北海道から沖縄の方まで全国から児童虐待の話を聞きに来るんですけれども皆さん切羽詰っていてどうしようもないという方ばかりだったので講師の方々も親身になっていていわゆるお仕着せのセミナーじゃなく「何とかしてください」って言う講師の方も教わるほうも鬼気迫るセミナーでした。

 そこで日本で児童虐待の権威のほうな先生がいらっしゃるんですがその先生から次の日に話が出たんですけど、いろんな子供の傷害の傷の手当てとかの話をするのかと思ったら実は今マスコミもぜんぜん取り上げてはいないんだけれど『代理によるミュンヒハウゼン症候群』というのがあるんだよといわれまして、

 「ミュンヒハウゼン」というのは東欧のほうの『ミュンヒハウゼン伯爵』の名前から来ているとらしいんですが、ミュンヒハウゼンというのは詐病みたいなこと言うんです。詐欺の詐に病気です。僕等も仕事行くときにちょっと今日頭痛いなぁとか言って仮病使うのはサビョウですけど、

 それがマスコミもぜんぜん触れないけど日本で凄くはやっていて深刻な問題なんだよ。だれも保健婦も気がつかなくて本当に大変な問題なんだという話を2時間くらい聞いて、僕も半信半疑でいたんですけど、講義の内容というのはお母さんが多いんですけど自分のお母さんが自分の子供2歳とか3歳5歳の子供にたいして病気を作るんですよ健康な自分の子供に。あらゆる方法で。外から見えないように、外から殴ったりするとすぐ虐待ってわかっちゃうじゃないですか。だから分からないように、たとえば寝てるときにここにチューブ通して口からこういう食卓塩を1本溶かした水をこのくらいの量になると思うんですけど1本分入れるんですよ。味は分からないので入っちゃいますよね胃に。そうすると急性ナトリウム症って言う大変な症状を起こすんですけど。

 早い話が見えないように毒を盛るんですよ。お母さんは「子供は大変なことになった!何とかして!」ってお医者さんに行くんですよ。ですけど、お医者さんもわけが分からないままいろいろ検査するんですけどお母さんは子供に親身になっていいお母さんになるんですよね、その「なりきる」ことによってお母さんは医療関係者から凄く「あの母さんは子供を大事にしていていいお母さんだね」っとかって言われてお母さん自体がプライドが満たされるとか注目されるとかで病みつきになってしまって常に子供を病気漬けにするんです。

 お母さんだから簡単にできますよね冬の寒いときに外にほっぽらかしておいて遊ばせておけば風引いて、薬も何も飲ませなければひどくなりますよね
簡単な芸なんですけどしょっちゅう病院にいってあのお母さんまた来たって事で病院関係者も大変だねって看護士の方から励ましの言葉をもらうとかいうことがどんどん雪達磨式にひどくなって、抜き差しなら無いところまで行ってしまって子供がばたばた死んでいってしまうんですよ。
【2005.08.24 Wednesday 18:50】 author : ando-blog
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「鬼子母神」その1 きっかけ 
 役所の仕事も結構忙しくなってしまって、その3年ぐらいあとに移動で保健所にそこで「母子保健センター」っていって母子保健の事務なんですけど大きな部屋に保健婦さんがたくさん50人60人で、男は僕と3人ぐらいですね女の人がバーンといて圧倒される毎日でして。

 保健婦さんは結構しっかりした方が多くて、そこにいて最初は「なんていうところに来てしまったんだ」って思ったんですけど、しばらくしたら慣れてきて。そこは1歳半とか3歳検診でお母さんが小さいお子さんを連れてきて検診とかのお手伝いとかをするんですけど裏方をやっていたんですけど。

 お母さんたちからよく電話もかかってきて「困った「困った」ってかかってきて僕も取るんですけど、僕じゃわからないので「こういう事いってるけど誰か出てって」って言うと保健婦の人が「ハーイ」って手を上げてくれて、

 少しするとなれてきて、時にはお母さんからかなり低い声で「子供を痛めつけちゃってもうどうしようもない」って。児童虐待ですね、虐待していたお母さんからよく電話がかかってきてそういうこともよくあって、僕も直接には相談に乗れないんで保健婦とか心理相談員っていう専門家の方が出るんですけど、かかってきたこういう家庭なんかも児童虐待は子供がかわいそうな状況にあるので、そうこうしているうちに児童虐待ってひどいからなんか書かなきゃいけないって思いはじめて(次に続く)
【2005.08.24 Wednesday 18:42】 author : ando-blog
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初めて活字で僕の名前が、、そして最終選考に残った思い出の作品
 1994年なんですが「日本推理サスペンス大賞」というのがあったんですよ当時は、宮部みゆきさんとか高村薫さんとか当代きっての流行作家の方がたが出た賞で、僕も高村かおるさんの本読んでびっくりして「お!こりゃ凄い」と思ってこの賞に応募しようと思っていたのは1992年頃だったです。

 バブルが丁度終わった頃なんですけどね。で1993年にそのときから本を書きだして、良く覚えてるんですけども35歳の2月くらいからですね本を書きだして、僕はとても原稿用紙でかけなくてワープロでいきなり書きだしたんですけども、一応もう最初は何がなんだかわからずとにかく長編の応募だもんですから原稿用紙に500枚とか600枚とかって書いてあったもんですからまぁその分量にあるだけはとにかく書いて送ったんですけども、、、

 送ったらなんか3次選考とか2次とか1次選考とかあるんですよね。で1次選考をいうのは50本ぐらい残ったと思うんですけどその中に活字で始めて僕の名前がと題名が載ったもんですから「あれっ」てびっくりして「まさか!」って思って、それでその年は終わったんですけど欲が出てしまって、
 
 次の年は多少あらすじも考えて「真空回路」という題名でまた原稿用紙600枚くらい書いて、応募したんです。

北朝鮮ネタ「真空回路」

 その内容は原子力発電所に務めているおとうさんが主人公で、中学生の息子を持っていてその息子が胆道閉鎖症って肝臓が癒着してだめになった、余命いくばくも無いような重い病にかかっていて、臓器移植しないと助からないような息子なんですけど、お父さんの所へ北朝鮮の工作員が接触してきてですね「息子さんの移植を北朝鮮に行ったらやってあげるからあんたは原子力の技術者として北朝鮮に来ないか?」って。スパイですよね。それでその話に乗ってお父さんと息子は密航するような形で北朝鮮に渡ってですね、そうすると今北から帰ってきた方がいたような招待所とかそういったところにも入れて、あっちでかなり冒険小説的にいろんな動きをやって最後はまぁ激しいアクションとか繰り広げて、結局北朝鮮に行っても息子の手術はしてくれないってことがわかったので北朝鮮を辛くも脱出してくるという本をそれが「真空回路」という冒険小説ですが、それを書いたら今後度は「最終候補」っていうのに残りましてね。
【2005.08.15 Monday 22:55】 author : ando-blog
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講演会より:死が舞い降りてよかったのか?
丁度11年前の夏に賞を頂いて、本になったのが1995年の1月の20日だったんですよ。
たしか出版されて店頭に並ぶ日が、で、本になるもんでこりゃ気楽だないいわいと思って丁度その頃香港に興味があったもんですから取材兼ねて香港に行ったときにですね、1月の13日から香港に行ったと思うんですけど

 普通に観光して帰ってきて成田空港で見たテレビが燃えているんですよ。テレビがねワンワン燃えていて、「どうしたのかなぁ?」と思っていて、売店の人なんかも心ここにあらずという感じで、その晩は編集者と本が出る前祝だという感じで東京のすし屋でいっぱい飲んでいたんですよ。すし屋のテレビも燃えていて「なんかあったんですかって?」聞いたら「なんか地震があったみたいですよ」って編集者が言ったんですよ。それが阪神大震災だったんですよ。1月18日だったですよね確か。19日に帰ってきたと思うんですけど、まぁほろよい加減で家に帰って、阪神大震災でこんなになっちゃって。

 それで一応20日に本が発売になったんですけれどもうそのころは僕も阪神大震災のすごさにびっくりしてしまって本が出るのは自分にとっては大イベントだったんですけど、本が出るのですごく嬉しかったんですけども、題名とかが、応募したときは「褐色の標的」っていう題名だったんです。応募したときは。「死が舞い降りた」っていう題名に変えたんですよ編集者が。「あぁそれいいね」って、いい題名だとは思ったんですけど、20日に震災があった翌日に発売で、本がでた喜びよりも「申し訳ない変な題名付けちゃったな」って感じで神戸の方々にとって死が充満していたところで。それは仕方がないんですけど。

 そういうことがあったので、新刊が出る3日ぐらい前にひどい事故か何か起きるんじゃないかなって、新刊が出るたびに僕どうしても僕構えるようになってしまって。まだそのくせちょっと抜けないですけど。

「死が舞い降りた」って初めて本になったんですけど震災とか世間がわーってなって僕も「大変だな」って思って、そしたら3月になったら地下鉄のオウムのサリン事件があって霞ヶ関地下鉄は僕も仕事で使ったりしたので3月にそんなことがあってわさわさなって「わーっ」と思って、、

 本が出たにもかかわらず全然嬉しいというかそういうのがなくて、それが1995年の冬だったんですけど。そんなころ神様が「お前本なんか書いちゃいかんぞっていってるのかなって深刻に考えたりしたこともあったんです。
【2005.08.13 Saturday 01:23】 author : ando-blog
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