<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>安東能明応援　舞呂倶</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/" /><modified>2008-03-16T15:47:02+09:00</modified><tagline>ミステリー作家「安東能明（よしあき）」を応援する幼馴染によるサイトです。
とはいえ全国区になった彼の作品の読者の皆様からの書き込みもお待ちしています。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>作家の本気を見た！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=724296" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=724296</id><issued>2008-01-27T16:06:47+09:00</issued><modified>2008-01-27T15:13:40Z</modified><created>2008-01-27T07:06:47Z</created><summary>このブログも気がついたら１年も放置していて本当にごめんなさい。

安東氏とはよく連絡も取るし、上京の折には時間を見つけてあったり、去年は私の母が亡くなって、お通夜にも来てくださった。

お互いにほぼ子育ても終わりに近いがそれぞれの子供の仕事や生き方のことで共通...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[このブログも気がついたら１年も放置していて本当にごめんなさい。<br />
<br />
安東氏とはよく連絡も取るし、上京の折には時間を見つけてあったり、去年は私の母が亡くなって、お通夜にも来てくださった。<br />
<br />
お互いにほぼ子育ても終わりに近いがそれぞれの子供の仕事や生き方のことで共通の話題も多く、、以外にいつまでも作家というよりも幼馴染なんだという感じでいる。<br />
<br />
が、今年の初め取材のために上京した安東氏には驚いた。<br />
<br />
都立図書館は住民にはあまりありがたさがわからないが、安東氏のほしい情報がたくさん埋もれていておまけに貸し出しができないシステムなので上京してはコピーを取っているようだった。<br />
<br />
「時間があったらちょっと手伝って、、」ということだったが、携帯を自宅に置き忘れて出勤して、すぐにメールを返さなかったら「弟に手伝ってもらうからいいよ」と遠慮がちなメールが入っていたが、ちょうど暇だったし、広尾在住の私の知人の「佐保姫」にも会うついでに、行こうかな？と<br />
実に軽い気持ちで出かけた。<br />
<br />
１０時過ぎに広尾の駅近くで待ち合わせ佐保姫は１１時半過ぎに合流して、ちょっとコピーしてランチでも行くかあ。<br />
<br />
と思ったのが大間違い。<br />
<br />
安東氏のコピーというのは半端じゃなかった。<br />
<br />
ノート２冊分にほしい情報が何年のなんという週刊誌にあるというメモを持ってきていた。インターネットで調べてここの蔵書にあるものを書きだしてきているのだが、、殺気まで感じる、、その量たるや。<br />
<br />
今回は依頼されている警察小説がらみなので警察の事件ばかりを、、ノート２冊ですよ。<br />
<br />
週刊現代・週刊新潮・週刊朝日・SPA・警察なんとか、、FRIDAY・etc<br />
<br />
まず大体のものが合冊になって地下の？書庫に眠っているので用紙に書いてリクエストをする。１回に１２冊がMAXなので３人で交互に記入しては出してもらい、街頭雑誌の街頭ページに付箋をはさんで「コピー依頼書」に雑誌名とページ数を書いてコピーコーナーに持っていく。<br />
<br />
別の種類の雑誌が混ざると３冊づつしか出してもらえなくて、能率も落ちる。そのうちに誰のIDで頼んだものかわからなくなって窓口のおばちゃんに注意されちゃう(笑)<br />
<br />
コピーもいちいちページの始めと終わりに付箋を挟むようにと注意されちゃう(笑)こんなにたくさん頼むお得意さんにも、、役所っぽい対応で、、ちょっとむかついたが、、まぁ仕方ない。サービス業じゃないですからね、図書館は。<br />
<br />
何とか8割方はやっつけたという感じで夕方になってしまったので終了することに。<br />
<br />
佐保姫は全く適任で彼女がいなかったら作業はたぶん半分くらいで終わっていたと思う。<br />
<br />
館内の食堂で安東氏に御馳走になり、短い間だけど自己紹介＝即昔からの知りあいみたいに佐保姫と話している。年齢も同級生だしね。<br />
<br />
その合間にも、明日取材のために会う方から連絡が入ったりして忙しそうだ。地方在住の作家にも辛いことはあるよね。頑張れ安東氏。<br />
<br />
午後もひたすら探して頼んでコピーして、、安東氏にはこれが財産なんだろうな。<br />
<br />
それにしても、、全くでたらめ書いたって小説なんだけど彼の作家根性にはびっくりしました。<br />
まぁ喜々としてコピーをかばんに詰めて帰る安東氏は、、オタクだね(笑)<br />
<br />
このコピーを読んで何を感じて何を私たちに伝えてくれるのか、、<br />
<br />
今年の安東氏にも期待してください。]]></content></entry><entry><title>新聞博物館とライブラリー＠横浜日本大通</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=611943" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=611943</id><issued>2007-01-14T12:28:04+09:00</issued><modified>2007-01-15T06:48:21Z</modified><created>2007-01-14T03:28:04Z</created><summary>取材魔の安東氏にとって確かに首都圏は取材できる場所も多く、行ってみたいところもたくさんあるし、会いたい方もたくさんいるようで、「横浜の新聞ライブラリー」の話題になった。
１０年も横浜に住んでいたがそんなところがあるのも知らなかったので、面白そうで行ってみ...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/SN340099.jpg" target="_blank"><img src="images/SN340100.jpg" width="640" height="480" alt="新聞博物館" class="pict" /></a>取材魔の安東氏にとって確かに首都圏は取材できる場所も多く、行ってみたいところもたくさんあるし、会いたい方もたくさんいるようで、「横浜の新聞ライブラリー」の話題になった。<br />
１０年も横浜に住んでいたがそんなところがあるのも知らなかったので、面白そうで行ってみた。<br />
新聞博物館というのはみなとみらい線の「日本大通駅」に直結している。博物館に入るには５００円が必要だが、この日は報道写真展とかウルトラマンの展示がされていて、小学生と思しき団体も来ていた。<br />
<br />
<br />
４Ｆの新聞ライブラリーには無料では入れるがかばんなどは持ち込めないのでロッカーに預けてビニールのバッグを借りて筆記用具や貴重品は持ち込む。マナーモードにした携帯電話もOKだ。<br />
<br />
検索用のパソコンが４−５台とマイクロフィルムとかいう器械が台ぐらいあった。全国の新聞が（１日前までの）そろっていて、もちろん有名な新聞の縮小版もそろっている。<br />
<br />
パソコン検索は読売新聞昭和２０−３５年とか３５年以降とか朝日新聞とかに分かれていて１回２時間延長は他に使いたい人がいなければ１時間単位で延長できるが、朝日新聞のほうは３０分だからたいした検索は出来ない。<br />
<br />
もっともこの日のこの新聞とかこの記事と絞っていけばいいんだろうが。<br />
<br />
コピーはA4版で１枚４０円。ただし発行５０たっていないものは前面コピーは禁止されているので記事だけにしたり、少しちょん切ったりすればいいようだ。<br />
<br />
朝日新聞のほうはもちろん新しいのでコピーは不可だが、「記事の番号を記録してマイクロチップからお取できます」といわれたがこの日はマイクロチップに触ることも無く帰ってきてしまったのが悔やまれる。<br />
<br />
サラリーマン風のおじさんやお兄さんが結構利用していた。工場にあるような機械の音でとても興味はあったのだが、、残念。<br />
<br />
外に出るとおしゃれな横浜の街で、新聞少年の像などもあった。<br />
<a href="images/SN340099.jpg" target="_blank"><img src="images/SN340102.jpg" width="480" height="640" alt="新聞少年の像" class="pict" /></a><br />
<a href="images/SN340099.jpg" target="_blank"><img src="images/SN340099.jpg.200px.png" width="200" height="150" alt="売店のくまちゃん" class="pict" /></a>]]></content></entry><entry><title>おめでとうございます</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=609699" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=609699</id><issued>2007-01-08T16:29:54+09:00</issued><modified>2007-01-08T07:29:54Z</modified><created>2007-01-08T07:29:54Z</created><summary>去年はすっかりブログの更新をサボってしまいました。
理由は、安東氏とはしょっちゅう連絡をしていて面白い話がたくさんあるのだが公表してよいかどうか？と悩みつつ、、

しかし今年はちょっと考えを変えた。
創作という仕事柄やはりネタ（漫才じゃないか）は作品になる前に...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[去年はすっかりブログの更新をサボってしまいました。<br />
理由は、安東氏とはしょっちゅう連絡をしていて面白い話がたくさんあるのだが公表してよいかどうか？と悩みつつ、、<br />
<br />
しかし今年はちょっと考えを変えた。<br />
創作という仕事柄やはりネタ（漫才じゃないか）は作品になる前に公表するのはまずいとは思うが何気ないメールの中で面白そうなことはすっぱ抜いて行こうかと思っている(笑)<br />
<br />
まずはサイトにもUPしたが昨年の初めのマガジンハウス社4誌に掲載された「特別な日」をブログにも載せてみた。<br />
<br />
そして安東氏の今年の箱根駅伝の感想は以下。<br />
ただし、彼はもう箱根駅伝に一喜一憂してはいない。<br />
次の作品に向けて取材をしすぎないででも彼らしい作品に向けて始動している。今年は何冊本がさせるか。楽しみにしたい。<br />
<br />
2007年の箱根駅伝の感想<br />
<br />
　「駒澤大学が破竹の進撃をしていた頃、このままずっと駒澤が永久に勝ち続けるのではないか、と思っていた。監督の方針、選手のモチベーション、どれをとっても他校より一枚上だった。しかし、勝者必衰というべきだろうか。それとも、他校のレベルが上がってきたのだろうか。ここ数年は戦国駅伝と言われるようになってきた。その中で頭一つ抜けていたは、やはり伝統の順天堂大学だった。実際、今年の優勝も含めて３連覇していてもおかしくはなかった。<br />
　それだけに、今年の順天堂の選手たちは心中期すものがあったにちがいない。圧巻は何と言っても、神様、今井君の驚異の５区、山登りだった。彼だけはまるで平地を走るが如く、あの急坂をもろともせず走り抜いたのだ。過去、山のスペシャリストとして名をはせた選手は多くいるが、彼はその中でもまちがいなく１，２を争う選手だ。５区のテレビ中継を見ていた視聴者はみな、驚喜していたのではないか。自分もその一人だった。<br />
　それから日本テレビのスタッフの中継もすばらしいの一言に尽きる。マラソンの中継などを見ると、画面が頻繁にフリーズすることがある。しかし、今回の中継もフリーズはほとんどなかった。こちらも驚異である。」<br />
 <br />
]]></content></entry><entry><title>「強奪箱根駅伝」後日談「特別な日」全文</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=609696" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=609696</id><issued>2007-01-08T16:23:29+09:00</issued><modified>2007-01-08T07:24:26Z</modified><created>2007-01-08T07:23:29Z</created><summary>「特別な日」(強奪箱根駅伝その後）　2006年1月2日発行　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　マガジンハウス　WE LOVE HAKONE EKIDENより 
　水野友里が健志台キャンパスに着いたのは午後五時をまわっていた。折からの悪天で、針の...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[「特別な日」(強奪箱根駅伝その後）　2006年1月2日発行　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　マガジンハウス　WE LOVE HAKONE EKIDENより <br />
　水野友里が健志台キャンパスに着いたのは午後五時をまわっていた。折からの悪天で、針のような雨が競技場のトラックに降っている。<br />
　年末恒例の日体大記録会はたけなわだった。煌々と照明が当たる中、五十人近い選手たちが一塊になって走っている。<br />
「ただいま、六千メートル通過、トップの日大、石井君の一キロの通過タイムは二分五十五秒」<br />
　場内アナウンスが響くと、あちこちでどよめきが上がった。一万メートル五組にしては、かなりのハイペースだ。<br />
　日没まで間がなかった。友里は薄手の制服姿のまま、選手たちの間をぬって歩く。<br />
　放送席脇に走り終えたばかりの神大のランナーを見つけた。皆、四年生だ。そのかたわらに津留康介がいた。珍しく神奈川大学のプラウドブルーのベンチコートを着ている。<br />
「おっす、水野先輩」口々に声をかけられる。<br />
　友里は康介に寄り、「東日本おめでとう」と声をかける。<br />
　康介は友里をふりむき、「ああ、どうにかな」と言ったきりトラックに視線をもどした<br />
康介の所属する実業団チームは千葉で行われた東日本実業団駅伝十位に入った。元旦恒例のニューイヤー駅伝の参加資格を得たのだ。<br />
　二年前、ふたりは神大を卒業した。在学中はともに神大の陸上競技部に籍をおき、康介は最終学年で箱根駅伝の正選手に選ばれた。しかし、駅伝の当日、マネージャーだった友里が誘拐され、康介自身も犯人に拉致されるという事件に巻き込まれた。<br />
　関係者の尽力で事件は解決し、康介は無事、十区を走りきり、神大は総合優勝を果たした。友里も康介がゴールのテープを切るのを目の当たりにし、それ以来、絆はより深くなっている。<br />
　康介の目は、集団の中頃を走るランナーに釘付けになっていた。<br />
　神大陸上競技部副将の三好孝男だった。こちらも四年生。がっしりした体格であごひげが伸び、ハリネズミのような髪をタスキでまとめている。その風貌は学生というより実業団の選手に近い。<br />
　三好は友里や康介より三つ年上の二十七歳。高校を出て就職したものの、箱根駅伝を走りたくて二十四歳のとき神大に入学してきた。友里が三年生のときだ。<br />
　むろん推薦枠ではない。一般入試を経て入部してきた変わり種だ。しかも、競技との両立が難しい工学部を選んでいる。<br />
　三年生で副将に選ばれた。頼りがいのある良き兄貴として、選手たちの信頼はとびきり厚い。<br />
　早くも集団は第三コーナーをまわり、ふたりのいる前に近づいている。トップから最後尾の選手まで三十メートルに満たない。<br />
　ダンゴ状態のまま、地響きをたてて目の前を通り過ぎていく。<br />
　ハッ　ハッ　ハッ<br />
　息づかいが怒濤のように押し寄せてくる。<br />
「三好っ」<br />
　康介が声を上げると、三好は意味ありげな流し目をくれて走り去っていた。腕の振りが、大きくなる。<br />
　日大の石井が先頭のまま、ゴールラインを通過する。四百メートルのトラックを二十五周まわれば一万メートル。残すところ十二周。<br />
「石井君、ただいまのラップは六十八秒一」<br />
　場内アナウンスが四百メートルのラップを伝える。ふたたび、どよめきが起きた。<br />
「すごいね、この組」友里はたまらず言った。<br />
「ああ」と康介。<br />
　最終組を待たずに、この組で二十八分台が出るかもしれない。健志台グラウンドは正式に公認された競技場だ。ここで記録を出せば正式なものとして認定される。それだけに、走る選手たちは必死の真剣勝負だ。<br />
　それにしても寒い。かすかに残っていた日の光が薄まり、夜の闇が濃くなっていく。それにこの雨。着替える暇もなく、仕事着のままで来てしまった。体の震えが止まらない。<br />
　二年前、神大を卒業した友里は、横浜にある百貨店に就職した。日曜日の今日は出勤の日だが、早退してきた。<br />
　奇跡的な逆転優勝の立役者となった康介には、多くの会社から勧誘があった。その中から康介が選んだの実績はおろか、専門の練習場も持たない電気メーカーだった。ただ実業団にしては珍しく、駅伝専門のチームを立ち上げたばかりで、そこに賭けた。日中はフルタイムで総無関係の仕事をこなし、夕方から国立競技場で練習する。<br />
　体重は一キロ増えて五十三キロになり、身長もわずかに伸びた。大学を卒業したとはいえ、体はまだ成長しているのだ。今年に入ってコンスタントに一万メートルを二十九分台で走るようになり、自信が顔に表れている。<br />
　箱根でつぶされたとは絶対に言わせない。それが最近の口癖だ。<br />
「そら、着ろ」康介が自分の着ているコートを脱いで、そっと友里の体にかけてくれた。<br />
　友里は腕を通し、ジッパーを引き上げて帽子をかぶった。いくらか寒気がやわらぐ。<br />
「おっ、来た来た」<br />
　自衛隊の阿部が長い足でストライドをふみ、するするとトップに並んだ。一気に追い抜かず、ペースをゆるめる。<br />
　阿部にはまだ余裕がある。三年前まで、法政のエースを四年間勤め上げた強者だった。レースの駆け引きなら右に出る者はいない。<br />
「石井君、阿部君、ただいまのラップは六十七秒五」<br />
　アナウンサーの声が上ずっている。<br />
　固まっていた集団が少しずつばらけ、長い列になってきた。つれて、三好の位置が後ろにずれる。<br />
「三好っ」康介がひときわ大きな声を上げる。<br />
　ウォーミングアップを済ませているらしく、康介の首筋はピンク色の染まっていた。この後、最終組の出場が決まっているのだ。<br />
　組分けはエントリーした記録から振り分けられる。それぞれの組に似た力の選手たちが集まり、後にいくにしたがい、レベルが高くなっていく。神大に籍を置いていたとき、記録会の最終組を走るということはなかった。<br />
　康介は卒業後、確実に力を伸ばしている。それが友里には自分のことのようにうれしかった。<br />
　走っているランナーの半分は実業団の選手だった。十二月もなかば近くなり、すべての大学で箱根駅伝に出場する選手たちは決まっている。<br />
　この記録会に、主力クラスはもう出てこない。神大の箱根メンバー十四人もすでに決まっているが、他大学と同様、記録会には一人も参加していない。<br />
「今年のメンバー選びはどうだった？　聞いてるか」康介がきいてくる。<br />
「すんなり決まったみたいよ」<br />
「ほう、」康介は信じられないようにつぶやく。<br />
　神大の箱根メンバー選びは、いつも波乱含みだった。悪くすると大晦日まで決まらない。<br />
　ふたたび、集団が迫ってきた。三好はやや位置を上げて、先頭集団のしんがりについている。走り去るとき、康介に不敵な視線を送ってきた。それに康介はにやりと笑みで答えた。<br />
「三好さん、一発、引っかける気だ」康介がつぶやく。<br />
同じレベルの選手が集まると、脱落者も少なく全員のペースが上がり、いい結果もしばしば生まれる。ただし、似たもの同士だからレースは駆け引きがすべてだ。力をため込んでおいて、一気にリリースする。その機を三好は狙っている。<br />
　「康介君、いよいよ、来年はマラソン挑戦ね」<br />
　康介は札幌国際ハーフマラソンで一時間十分の壁を破り、来る二月の東京国際マラソンの出場資格の一つをクリアしている。あとは、連盟の推薦を受けられるか否かだ。<br />
　「ああ、いよいよだ」<br />
　駅伝チームに入っていても、フルマラソンへの出場は見果てぬ夢だ。世界陸上、そしてオリンピック。駅伝の際にはそれがある。<br />
「気持ちの整理できた？」<br />
「うん、どうにか、な」<br />
　大学は四年間という限られた期間の中で結果を出さなくてはいけない。しかし、ひとたび社会に出てしまえば、心がけ次第でどうにでもなる反面、自分を見失うこともある。事実、康介は去年一年間、目標をどこに置くかで悩んでいた。<br />
　先輩、と声をかけられふりむくと、神大の箱根メンバーたちが六人、息せき切ってやってきた。<br />
「どうです？　おお、いけてるじゃないっすかぁ、副将っ」二年生の一人がトラックに身を乗り出さんばかりに声を上げる。<br />
　康介がその体を引きもどす。「練習は終わったか？」<br />
「五千を三つ流してきました」<br />
「大丈夫？　風邪ひいたら監督に大目玉よ」<br />
「わかってますって、でも、副将の姿を見ないことにゃ、箱根、走れないですよ」と別の選手が付け足す。<br />
　康介がにやにやしながら、やりとりを聞いている。トラックの反対側にも残りの正式メンバーたちが駆けつけていた。<br />
　どの大学も箱根のメンバーはすでに決まっている。選からはずれた四年生は“切れて”しまい、十二月の声を聞くと早々に故郷に帰ったり練習に出てこなくなる。<br />
　しかし、神大の四年生はちがった。<br />
　箱根のメンバー入りできなかった四人全員が今日の記録会に出場している。そして、精一杯の力をぶつける。その四年生たちの走りを目に焼き付けて、選ばれたメンバーは箱根の本番に望むのだ。<br />
　たとえ、本番を走れなくてもいい。箱根を目指したというプライドがある。それだけで、十分なのだ。その特別な四年間を箱根は与えてくれた。<br />
　だから三好にとって今日の記録会は、最後の晴れ舞台……決戦だった。<br />
　レースは残り四百メートルを切った。先頭走者のラップは七十二秒前後まで落ちている。長く伸びていた列がいつの間にか縮まり、五人の先頭集団を作っていた。<br />
第二コーナーを曲がるあたりで、三好がすっと前に出た。一人、二人……瞬く間に四人ほど抜き去る。先頭まであとわずかだ。<br />
　三好は部内で十五番目の選手としてつけていた。十二月はじめ、最終学年ということもあり十四番目の選手と入れ替えて、メンバー入り寸前だった。それを自らすすんで辞退した。そういう、潔さがある。<br />
「東京国際だけど、陸連の推薦はとれそう？」百合は康介に聞いた<br />
　康介の顔つきが引き締まった。<br />
「条件がついた」<br />
「何？」<br />
「今日、二十九分をきること････おお」康介はランナーを見やった。<br />
　石井と阿部の背後にぐんぐん、三好が迫ってくる。<br />
「よし、三好っ、行けっ、ラストスパート！」<br />
　三好の蹴りは強かった。前のめりになったその瞬間、かろやかに先頭におどりでた。腕の振りと脚さばきが自然とマッチし、体に比べて小さな腰が小気味よく揺れた。細かいピッチを刻み、そのままゴールへなだれ込んでいった。<br />
「トップ神大、三好君。記録は二十九分五秒十七。自己新記録です」<br />
　晴れがましいアナウンサーの声がグラウンドいっぱい流れた。応援団が一斉に勝ちどきを上げる。<br />
　ふりむくと康介の姿はなかった。スタートラインに続々と選手たちが集まりだしている。その中にタンパン姿の康介がいた。<br />
　１８時５分。最終組のレースの号砲が鳴った。 <br />
<br />
<br />
著者が語る箱根駅伝の魅力とは？<br />
<br />
　「強奪箱根駅伝」で箱根駅伝を舞台にしたきっかけは、10年ほど前に、「放送技術」という専門誌で読んだ、すぽつ中継の記事です。当初はマラソンと誘拐を絡ませようと思ったんですが、マラソンだと2時間ちょっとで終わっちゃう(笑)。そうしたら「安東さん、やっぱり箱根駅伝でしょう」と、編集者が言ってくれた。取材が始まってからは、多くの人に会いました。箱根駒ケ岳の中継ポイントに泊めてもらったり、大手町のゴールで知り合った神奈川大学の応援団の方に大後監督を紹介してもらったり。箱根駅伝のいいところは、近所の足の速いお兄ちゃんが出場する、という感じの親近感。だから選手たちの息づかいがリアルに感じられる。それと1区間が長く、2日間競技を続けるという戦略的な展開が、他の競技にはない深みと面白みを醸し出していると思います。今回の続編には、らんなーが箱根でレース人生の頂点を迎えることなく、マラソンでも世界の頂点に立って欲しい、という強い願いもこめましたが、まずは次の箱根駅伝に期待してしまいます。ここ数年、戦力の均衡gが指摘されながら、終盤は独走レースというパターンが続いていますよね。来年こそ、最後の最後までつばぜりあいするのを見たいっ！（談） <br />
]]></content></entry><entry><title>日系ブラジル人を取材中(二俣高校での講演会より）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=483600" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=483600</id><issued>2006-04-09T00:15:35+09:00</issued><modified>2006-04-08T15:16:31Z</modified><created>2006-04-08T15:15:35Z</created><summary>
　現在僕は次の小説を書くために色々準備をしています。ここの浜松地方は日系ブラジル人とか外国人の方が沢山働いていらっしゃるんですが、それをベースにして書いてみたいと思っていて日系ブラジル人を紹介していただいたりして逢っています。

　「ブラジル人の方っていう...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;"><br />
　現在僕は次の小説を書くために色々準備をしています。ここの浜松地方は日系ブラジル人とか外国人の方が沢山働いていらっしゃるんですが、それをベースにして書いてみたいと思っていて日系ブラジル人を紹介していただいたりして逢っています。<br />
<br />
　「ブラジル人の方っていうのはどんなもんじゃい？」でということで、まずご飯はどんなものを食べているとかそんなところから知らないといけないと思い浜松の天王町にあるブラジル人の経営するレストランがあるんですがそこに５時半ぐらいに行ってみました。　そこはバイキング形式になっていて、２８００円位出すと「シュラスコ」というお肉とか食べ放題なんです。日系ブラジル人の方に聞くと『日本の食事がぜんぜん口に合わない』ということなのでブラジル料理はどんなものかと興味深々でいったんですけど。<br />
　ご飯をちょっと硬めに炊いた上に小豆のちょっと大きな豆を煮たものをかけた「フェジョン」というんですが、黒い豆を肉とかとぐつぐつ煮た真っ黒な日本のおでんのような感じなんですけど「フェジョアータ」といったと思うのですがそれとかお肉を食べて９時半まで居て、それから浜松の市内に出てちょっとしたインターナショナルな感じのバーのようなところに行きました。そこにはコスタリカ人・イギリス人インド人とか沢山いらっしゃいました。<br />
<br />
　その後１１時半になりまして、これがこの日のメインだったんですが、ディスコですよね。日系のブラジル人の特に若い方が行くというディスコです。浜松駅の南側にちょっとしたホテルがあってその地下２階にディスコホールがあるんです。これが始まるのが１１時半です土曜日の。<br />
<br />
　夜の１１時半にもかかわらずそのビルめがけてぞろぞろと沢山ブラジル人が行くんです。入場券を１０００円払って入りました。女性は只です。ドアを開けたらいきなり音楽ががんがんがんがん響いてきて、おまけに「明け方の３時までは出てはいけない」ということらしくて。<br />
<br />
　ブラジルはポルトガル語なんですが壁に『○×△□×◎３：００』と書いてあって「そうじゃないかな？」と思って読める人に聞いたら案の定そういうことでした。中に入ってもういきなり熱気むんむんで僕もこの歳なので(苦笑）『ちょっと３時までここに居たらどうかなっちゃうな』と思って隅に座っていろいろ見たりしてていて、まぁ１時間位居て無理やり出てきてしまったのですが、、、<br />
<br />
こんな感じで小説の取材を少しずつやっているのですが<br />
<br />
　皆さんはどうでしょうか？この中にも日系ブラジル人の方がいらっしゃいますか？居ないですかね？お父さん方はそういう方と多少触れ合う機会があるのかもしれないですがが。<br />
　僕も「日系ブラジル人」というのはまったく本や新聞の上でしかか知らなくて、でもなんとなく「出稼ぎ」という言葉で9割がたわかったような気持ちになっているんですよね。<br />
　日本に来て３-４年働いてお金を儲けて、それを持ってブラジルに帰るという。それ以上の知識はなかったのですが。色々の方に聞くと日本人の工場の下請けとか孫受けという工場とかで今の日本人がやりたがらないような俗に言う3Kという職場で働いているんですね。<br />
　ところがその方の中にはブラジルでは弁護士をやられたり、ある方に聞いたらお医者さんという方もいました。こっちで2年間働いて開業資金にするのだというお医者さんとか歯医者とか沢山西部地方には出稼ぎに来ておられて、「ああそうか。そういう方々が来るんだぁ実際に見ると聞くでは違うな」ということを感じました。</span>]]></content></entry><entry><title>国会図書館に行ってみた</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=464512" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=464512</id><issued>2006-03-08T13:52:19+09:00</issued><modified>2006-03-08T04:52:19Z</modified><created>2006-03-08T04:52:19Z</created><summary>　安東氏のおすすめで国会図書館に行ってみた。永田町は乗換えでは使うがあまり用事がなくて降りた記憶がないくらい。駅から国会図書館への両側には地方自治会館とか何とか会館とか社民党のビルとかあって、警備の人もたっていてなんか日本の「悪の？中心」に来たみたいだ...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">　安東氏のおすすめで国会図書館に行ってみた。永田町は乗換えでは使うがあまり用事がなくて降りた記憶がないくらい。駅から国会図書館への両側には地方自治会館とか何とか会館とか社民党のビルとかあって、警備の人もたっていてなんか日本の「悪の？中心」に来たみたいだ(笑)<br />
　誰でも入れるが当日専用のカード作って手荷物も限られていてかばんなども持ち込めない。ちょっと緊張するぅ。<br />
透明のプラスティックの袋に必要なものだけ入れてゲート通過。今日は新聞が専門に見られる新館の4階へ。ブラジルのサンパウロ新聞が大昔のものからここで見られるのです。<br />
　3ヶ月ずつ製本してあって申し込むと奥ーーーのほうから持ってきてくれます。いやいやブラジルの日系移民が中心の新聞なので1990年ぐらいのものは日本に出稼ぎしませんか？という広告でいっぱい。大相撲がブラジル公演をしたことに比べるとその年のワールドカップのブラジルのニュースなど芥子粒のように小さい。同じ年に礼宮様が川島紀子さんと結婚したのでこれまた大騒ぎ。日本人の少年三浦カズがブラジルに来ていて帰国して読売ヴェルィに入団したとか、マルシアが紅白に出たとか、、なるほどというニュースが印象に残る。ブラジルから出稼ぎに来て夫婦でためた虎の子を空港で盗まれたというニュースは心が痛んだが数日後に日本の千葉の社長が気の毒におもって寄付してくれたとか嬉しいニュースも。いやぁ何日も遊べそう。国税払っているので皆さん言ってみたらいいです。まぁじもとの図書館も楽しいですけど。なんといっても色々そろっている。安東氏は都立図書館がお気に入りのようで、ここには雑誌がかなり豊富にそろっていて閲覧してコピーもすぐ出来るようです。</span>]]></content></entry><entry><title>文学はパロディーでつながっている</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=431257" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=431257</id><issued>2006-01-17T06:43:37+09:00</issued><modified>2006-01-16T21:43:37Z</modified><created>2006-01-16T21:43:37Z</created><summary>　かなりご無沙汰のブログですが、安東氏の作品を離れて多少関係無きにしも非ずという範囲での書き込みも勝手に??いいことにしました。（自分的に）のでそういうつもりでお読みください。　
　読売新聞で募集していた青山学院大学と活字文化推進会議主催の読書教養講座公開...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　かなりご無沙汰のブログですが、安東氏の作品を離れて多少関係無きにしも非ずという範囲での書き込みも勝手に??いいことにしました。（自分的に）のでそういうつもりでお読みください。　<br />
　読売新聞で募集していた青山学院大学と活字文化推進会議主催の読書教養講座公開授業というのに行ってみました。 <br />
講師は作家の清水義範さん。代表作は｢国語入試必勝法」で吉川栄治文学新人賞受賞。『日本語必勝法』『ごみの定理』といってもひとつも読んだ事がなくてすみません。 <br />
　創作というのは唯一無二のものを作ろうとしても、沢山読んだ人にはそれだけの真似をするものがあって知らず知らずのうちに真似ている。しかし真似が悪いということでもなくて真似されたもの以上の出来になるものもあるということ。 <br />
<br />
　古くはBC5Cごろの「カエルとネズミの戦争」という叙事詩はホメロスの｢イリアスオデッセイ」をぱくったものという話から始まり、『聖書』は真似されの宝庫。｢騎士道物語」から｢ドンキホーテ」に、ロシアではドストエフスキーの｢白痴｣に、日本では｢ふうてんの寅さん」にまで影響が及んでいるとか。 <br />
　｢ガリバー旅行記」は｢ロビンソンクルーソー」から。 <br />
<br />
　夏目漱石の代表作もロンドン留学中の英語学者の漱石としての才能がスターン作「トリストラム・シャンディ」という作品を真似て書いたのが｢吾輩は猫である」らしい。その漱石の｢三四郎」の真似をしたのが森鴎外の｢青年」とか。ふむふむ。 <br />
　後半の島田順好青学教授との対談は短かったが結構いい突込みがあって清水さんという作家さんは言葉へのこだわりで本を書いているんだなというのが感想。 <br />
　趣旨は『活字文化を埋没させるな』ということで、読売新聞が中心になって「巨人で稼いだ儲けをつぎ込めばいいと思っていたら去年は散々だった、けど儲けはあるから大丈夫」というところがかなり受けていましたが、そういうことらしい。 <br />
<br />
　老眼でかなり遠ざかっていたものの、安東氏がらみでまた昔の本好きに戻りつつある今日この頃こんな講演が気楽に聴けるのも東京住まいのおかげ、、というわけで、調子に乗って来週は北方謙三さんです。『歴史と人、時代と心』だって。 <br />
]]></content></entry><entry><title>ポセイドンの涙が出来るまで</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=354881" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=354881</id><issued>2005-10-10T10:38:35+09:00</issued><modified>2005-10-21T01:11:50Z</modified><created>2005-10-10T01:38:35Z</created><summary>　題材的に一番長くかかったのが、１９８８年くらいだったと思うんですけど「日系サイエンス」という本があるんですが、小さい記事なんですけどユーロトンネルというのをご存知でしょうか？」英仏海峡を結ぶ海底トンネルなんですけど、それが日本の技術を使ってですね『ト...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">　題材的に一番長くかかったのが、１９８８年くらいだったと思うんですけど「日系サイエンス」という本があるんですが、小さい記事なんですけどユーロトンネルというのをご存知でしょうか？」英仏海峡を結ぶ海底トンネルなんですけど、それが日本の技術を使ってですね『トンネル堀マシン』というのを使ってそこを掘るという話が決まっていて、<br />
<br />
　「トンネル堀マシン」というのは大きな鉄の筒みたいな１キロぐらいある筒をお互いからドリルがついていてどんどん土をかいていって掻いた土はベルトコンベアーで自動的に後ろに掘って行くという装置なんですけどそれをイギリスとフランス側からとお互いに掘っていって、ドッキングするときにどうなるかというと二つの電車みたいのが衝突するような感じになるんですよ。<br />
<br />
　これをどうなるのかと思ったら記事によるとお互いに迂回して埋め込んじゃうんですよね電車ごと「あこれはちょっと面白いな」と思ってですね、でこののを題材にして埋め込んだとこに秘密文書かなんか埋め込んでですね、丁度そのころがEU統合が１９９３年くらいですけどもeu統合までにそういう国際謀略小説みたいなものをサッチャー首相を暗殺かなんか絡ませて書けばいいのがかけるんじゃないかと思っていたんですよ。</span>]]></content></entry><entry><title>日本のトンネル技術は世界一「ポセイドンの涙」もよろしく</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=354879" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=354879</id><issued>2005-10-10T10:38:07+09:00</issued><modified>2005-10-21T01:11:56Z</modified><created>2005-10-10T01:38:07Z</created><summary>　書こう書こうと思っていたらあっという間にEU統合されてしまってですね、まぁいいや今度ユーロトンネルを題材に書けばいいやと思って１９９５年開通だからあと２年あるからそれまでに書けばいいやと思っていたらそれもあれよあれよという間に開通してしまってそれもかけ...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">　書こう書こうと思っていたらあっという間にEU統合されてしまってですね、まぁいいや今度ユーロトンネルを題材に書けばいいやと思って１９９５年開通だからあと２年あるからそれまでに書けばいいやと思っていたらそれもあれよあれよという間に開通してしまってそれもかけなくなってしまっていたところが仕方ないなと思っていたんですが、<br />
　<br />
　昔からなんとなくトンネルというのが好きで石原裕次郎の『黒部の太陽』という映画を見てからトンネルが好きになって青函トンネルのことを調べだして、青函トンネルとユーロトンネルを題材にしたのを書こうと思っていたんですがヨーロッパと日本を結ぶドラマ的なものがどうしても見つからなくてそれは何かいいものはないかなと思っていたら、<br />
<br />
　服飾関係ですよねブランドグッチとかね、ビジネスライセンスの争奪戦のようなものを書けばいいかなと思ってフランスとか日本とか往復して取材して行ったり来たりしたんですけど、<br />
<br />
　ユーロトンネルも実際行ったんですけど職員の人にもあって多少は現地も見せてもらったんですよ。いかんせんフランス語もよく分からなくて資料的なものも読めなくていい資料もあつまらなかったのでユーロトンネルはコリャだめだなと思って<br />
<br />
　ユーロトンネル堀りに行った方がた川崎重工の方が中心になっていて「プロジェクトx」にも出た方々なんですけど「ユーロトンネルの掘った苦労話を聞かせて下さい」って行ったんですけど『何も苦労しませんでした』って言うんですよ。(笑)でも「テレビでは凄く粘土層があって苦労されていたじゃないですか」とか言ったんですけど、『それは苦労のうちに入りません。テレビでは一応言ってましたけど何の苦労もありませんでした』って。<br />
<br />
　もうガクンですよね。もう「ユーロトンネルもだめだわい」と思ってもうやめまして、青函トンネルだけにしましてその小説がようやく先月書き終えて来月の七夕のころには出ると思いますので最後宣伝になっちゃって申し訳ないんですが、、題名がですね。えーっとあのぉ題名がですね。いろいろ考えたんですよぉ『漂流トラック』とか『強奪箱根駅伝』とかすぐに固まったんですけどいろいろ今回なかなかタイトル決まらなくてあーだこーだ悩んだんですけども最後は海のことなので『ポセイドン』で「ポセイドンの涙」って言うタイトルで出ますんで今回お買い求めいただけると助かります。(笑)</span>]]></content></entry><entry><title>｢凍える火」のエピソード　うっかり言った一言に凍えた安東氏</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=346495" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=346495</id><issued>2005-10-01T16:05:53+09:00</issued><modified>2005-10-01T13:21:45Z</modified><created>2005-10-01T07:05:53Z</created><summary>中日新聞で連載をさせていただいたんです。静岡県内版ですけど『凍える火』っていうのです。ミステリーでそれはまだ小説の本になっていないんですが、人が燃えて、人が燃えちゃうんですよ燃えたところが衣服とかが真っ黒になって燃えているんですけど、解剖をすると寒いと...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">中日新聞で連載をさせていただいたんです。静岡県内版ですけど『凍える火』っていうのです。ミステリーでそれはまだ小説の本になっていないんですが、人が燃えて、人が燃えちゃうんですよ燃えたところが衣服とかが真っ黒になって燃えているんですけど、解剖をすると寒いところで死んだという凍死だという所見が出るんです。そういう謎解きの小説なんですけど。その主人公を東京の刑事にしようと思っていてその実家が川口の鋳物工場の暑いところで火をがんがんおこして鉄を打つ暑い鋳物ですよね取材に川口にいったんですけど。<br />
飛び込みで行っていろいろ聞いたりしたんですけど、飲み屋とかに行ってそのへんのおっさんに話を聞いてみようと思って「川口って吉永サユリの『キューポラがある街』ってヒットしてよかったですよね」とかって僕ポロッと言ったんですよそしたらみんなにこうにらみつけられて「僕なんか悪い事言ったかな？」って思ったんですけど吉永サユリの白黒の昔の映画ですけどあれの舞台が川口だったんで、持ち上げるために言ったんですよ。僕見てはいなかったんですけど。<br />
皆さんが飲み屋のおじさんたちが怒るんですよ。そしたら当時東北のほうからの集団就職の金の卵たちが出てくるんですけどその子供たちが「あのキューポラのある川口だけはいやだと煙がもくもく立っていて暑そうで辛そうであんなのは絶対いやだ」ということで川口だけは集団就職から取り残されたらしいですよ。それなのにぼくがそんな事言ったので火に油を注いだようなものだったんです。あぁそうか迂闊なことはいえないなっていろんな小説や映画やいい影響もあるんでしょうけど悪い影響もいろんなところで出ているんだろうなと思いましたとこぼれ話です。</span>]]></content></entry><entry><title>講演会より：「漂流トラック」その３　宮崎置いてきぼり事件</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322473" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322473</id><issued>2005-09-05T10:05:47+09:00</issued><modified>2005-09-05T01:05:47Z</modified><created>2005-09-05T01:05:47Z</created><summary>漂流トラックの中の荷物を考えてとにかく「過積載」でないといけないので何がいいかなと考えていたんですけど、瓦が、屋根瓦が重いんですよ凄く。
　藤枝に瓦の産地の淡路島に瓦を仕入れに行く人がいてそのトラックに乗せていってもらって、淡路島で九州にかわらを運んでい...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">漂流トラックの中の荷物を考えてとにかく「過積載」でないといけないので何がいいかなと考えていたんですけど、瓦が、屋根瓦が重いんですよ凄く。<br />
　藤枝に瓦の産地の淡路島に瓦を仕入れに行く人がいてそのトラックに乗せていってもらって、淡路島で九州にかわらを運んでいくトラックに乗せてもらってでずっとフェリーとかものって、宮崎までずんずん降りてきて都城というところで運転手さんが泊まるようなドライブインにいたら『ここで待ってて』といわれてご飯食べて待っていたけど半日ぐらい待っていてもぜんぜん現れなくてあれ？とか思ったんですけどそこで捨てられてしまって(笑)<br />
<br />
　そこの女性2人がやっていたんですけど片方の方が浜松に勤めていたことがあるといっていたんですけど、バスも電車もないところで頼んで駅まで乗せていってもらって夜に鹿児島で泊まって、鳥栖まで電車で行って。<br />
　鳥栖が物流の中心だと思っていたのでタクシーの運転手さんに「こうこういうわけだ」と　言ったて聞いたらいろいろ案内してくれて、鳥栖でトラックの社長さんを紹介してもらってタクシーの運転手さんにそこでまた乗せてもらって岐阜まで来て電車で帰ってきました。<br />
　日本をトラックで転々としたわけです。何でそんなことしたかといいますとねとにかく運転手が主人公で生の声が聞きたかったんですけどなかなか生の声も聞けなくて。<br />
　たまたま編集者が来て、『どうですか?進んでますか?』って聞かれて「ぼちぼち」とかいったんですけど実際はぜんぜん進んでいなくて『安東さんそれなら主人公を女の運転手にしようか？』とかっていわれて『いいですね』って僕もその気になってまた今度は女性のトラック運転手めぐりですよ、<br />
　また今度も東北から九州まで紹介してもらって、女性のドライバーの方って結構全国的につながりがあるので最初にゴットおばさんみたいな人を紹介してもらって東北から最後に長崎の運転手にあってこの人が主人公にぴったりだと思って決めたんですけど取材ばっかりやってたら取材のほうが面白くなってしまって肝心の小説のほうがどっかにすっ飛んでしまって会社も辞めたばかりで時間も有り余るほどあって取材ばっかりやってそれがが面白くて『いったい俺はなにをやっているんだ？』てそういうのが2-3年ありましたね。『よくないよなぁ』っていうのがありましたね</span>]]></content></entry><entry><title>講演会より：「漂流トラック」その２とてつもなく物寂しいところ探して</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322471" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322471</id><issued>2005-09-05T09:58:17+09:00</issued><modified>2005-09-05T01:06:32Z</modified><created>2005-09-05T00:58:17Z</created><summary>日通の本社って秋葉原にあるんですよ。そこに物流図書館というのがあると聞いてですね『ここに行けば絶対ある』と思ってですね何とか入らせてもらえないかとメールしたら『いいですよ』って入れていただいたんですけどね、、そうこうしている内に題名だけは浮かんできてで...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">日通の本社って秋葉原にあるんですよ。そこに物流図書館というのがあると聞いてですね『ここに行けば絶対ある』と思ってですね何とか入らせてもらえないかとメールしたら『いいですよ』って入れていただいたんですけどね、、そうこうしている内に題名だけは浮かんできてですね『なんかトラックが漂流するような感じがいいかなと思って編集者に『漂流トラック』って言ったら「是非そりゃあいいああそれでいこう」とかってことになりましてでもそのときには粗筋も決まっていなくてまた日通にお邪魔していたら偉い常務の方にお話してそのころは簡単な粗筋はできていて日本を北海道から南下してくるような話でトラックを北海道の誰もいないような場所隠してあるトラックを持ってくるような話にしたい。っていう話しををしたんですよそしたらそこのたまたま社長さんが昔北海道の北見支店の支店長だったらしくて『じゃいいところがあるから行け！』っていうことになって飛行機で北見市にいったら北見の支店長さんが黒塗りの車で迎えに来てくれて僕が小説の題材になるようなものをリクエストしたんです、『一番人がいなくて寂しくてなお且20トン近いトラックを隠せるようなところでとてつも無く物寂しい所につれてって下さい』ってリクエストしたんですよ「えーっ？」とかいわれて「うーん」とかね。<br />
でも2泊3日ぐらいであちこち連れて行って下さったんです。<br />
最初は野付半島というところにいったんです。ご存知ですか？確かに寂しいですよね本当に「ここじゃぁ何も無いのでトラック隠せません」とかいってですね。次に日は凄く山の中の何もいないようないところにいったんですけど打ち捨てられたような牧場があったんですけどね、<br />
あぁその前に飛行機で北海道に入るときに上から見たらかまぼこ型のがいっぱいあちこちにあるんですよね、北海道にいった事がある方はご存知かと思いますがサイロですよね。農機具置くところっていうかたくさんあったので『あぁなんだこれならもう探さなくていいや』って。トラックも隠せるところ沢山あるじゃないかって思ったんですけどね。もう行かなくてもいいやと思ったんですけど約束していたから行かなきゃと思ったんですけど。<br />
<br />
　寂しいところも紹介してもらってあとはトラックも紹介してもらって北見市からずっと乗り継いで旭川までいってそこで乗り換えて別のトラックでずっと南下してきて、仙台のあたりまで来たんですけど仙台の日通の支店長さんに話がとおってなったらしくて本当は助手席に乗せちゃいけないんですよね『お前何のつもりで乗ってきたんだ』って怒られてしまって『ああすいません』とかってそこでトラック下ろされちゃって仕方なくて仙台から浜松までどうしようもなくて帰ってきちゃったんですよね。</span>]]></content></entry><entry><title>講演会より：「漂流トラック」その１</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322468" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=322468</id><issued>2005-09-05T09:56:14+09:00</issued><modified>2005-09-05T01:06:53Z</modified><created>2005-09-05T00:56:14Z</created><summary>その後は『漂流トラック』というのを書いたんです。これは別にアイディアも何も無くて、編集者と『次は何を書こうかね？』といったときに、僕が『物流でもいいかねぇ？』っていったんですけど、
　『物流』って言葉ありますよね。それを一言いったら『じゃぁ物流にしましょ...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">その後は『漂流トラック』というのを書いたんです。これは別にアイディアも何も無くて、編集者と『次は何を書こうかね？』といったときに、僕が『物流でもいいかねぇ？』っていったんですけど、<br />
　『物流』って言葉ありますよね。それを一言いったら『じゃぁ物流にしましょう』ってことになりましてもうそれだけで決まっちゃって、物流っていっても広い意味がありますし、トラックにも乗ったことが無くて「えっ？」って感じになっちゃって、<br />
　でも『物流』って言葉はなんとなくいいですよね。なんかあるような感じがするじゃないですかドラマティックな(笑)うん。で、佐川急便とかもあったし、なんかいろいろあるじゃないかということを連想させますよね。<br />
『もう分かりましたじゃあ書きますよ』なんて軽く言っちゃんですよ。<br />
<br />
　それはいいけどまったく五里夢中というのはあのことだったのですけど何をしようかなって本も読んだんですけど、ネタは無いですよね。本を頼りにしようってインターネットで見ていて日通のホームページがあるんですけど、そこにある物流の専門家の方にこうこう書きたいんですけどってメールしたんです</span>]]></content></entry><entry><title>｢ポセイドンの涙」本音に近いところ&amp;quot;ユーロより青函トンネル？”そして、、</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=320654" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=320654</id><issued>2005-09-03T12:50:36+09:00</issued><modified>2005-09-05T01:08:17Z</modified><created>2005-09-03T03:50:36Z</created><summary>　「当初、英仏海峡のユーロトンネルを書こうと調べていたら、あそこには青函トンネルの関係者･技師が呼ばれて意見を求められていた。

　日本のトンネル掘削技術は相当なもので、掘っている最中に海水がジャバジャバ漏れてくる青函を掘った技術は世界一。やはりココは青函...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:medium;">　「当初、英仏海峡のユーロトンネルを書こうと調べていたら、あそこには青函トンネルの関係者･技師が呼ばれて意見を求められていた。<br />
<br />
　日本のトンネル掘削技術は相当なもので、掘っている最中に海水がジャバジャバ漏れてくる青函を掘った技術は世界一。やはりココは青函トンネルで殺人事件をかかなければ、と思ったわけです。」　<br />
<br />
<br />
　著者が生まれ育った天竜川沿いの町には黒部ダムを造った関係者らも暮らし、子供の頃から大型公共工事とその物件が大好きだった。<br />
<br />
「現地の取材、資料集めでトンネル抗夫の子供たちの『工事が永遠に終わらなければいいのに』という文集を見つけたのです。工事が終われば労働者はそれぞれの故郷に帰ってしまう。友達と別れるのが辛いわけですね。<br />
（中略）<br />
しかもある大蔵官僚は、『戦艦大和・青函トンネル･整備新幹線』を造っても無駄な”三大バカ査定”と称したわけです。<br />
<br />
　こういう青函トンネルとはいったい何なのか。そこもぜひ書かなければと、いろんな意味で覚悟しました」<br />
<br />
「青函トンネルという、とてつもなく強烈で、空虚な存在が、どういう人の人生を狂わせたのか、ぜひお楽しみください」とのことです。<br />
<br />
8月22日日刊ゲンダイ掲載[HOT Intereview]より抜粋しました。</span>]]></content></entry><entry><title>「鬼子母神」　その３　どうしても書きたい　そして受賞</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=311535" /><id>http://ando-blog.10-ryu.com/?eid=311535</id><issued>2005-08-24T18:56:04+09:00</issued><modified>2005-08-24T09:58:20Z</modified><created>2005-08-24T09:56:04Z</created><summary>　そういう症例をを聞いてにわかには信じられないですよね。とてもじゃないけど、でもその方は日本の児童虐待の権威の方だもんですから。

　僕がセミナーが終わって『どうかな?』って思ったんですけどその先生に身分を明かしちゃったんですよ。実は「こうこうこういうこと...</summary><author><name>草もち姫</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　そういう症例をを聞いてにわかには信じられないですよね。とてもじゃないけど、でもその方は日本の児童虐待の権威の方だもんですから。<br />
<br />
　僕がセミナーが終わって『どうかな?』って思ったんですけどその先生に身分を明かしちゃったんですよ。実は「こうこうこういうことで小説書いていて、そういう職場にいて先生の話を興味をもったんですがとても信じられない」といったら丁度その先生が『死が舞い降りた』を読んでいてくれてですね「あんたのことは知ってる」といってくれてですね、それで「ああそうですか」ってことになってこう「じゃぁもっと詳しいことを教えてあげる」ということになって先生のお宅にお邪魔したりして、<br />
<br />
　もっと決定的になったのはNHKでその先生が監修されたVTRが放映されたんですよ。オランダで作られた番組なんですが、そこは病院にお母さんと子供さんを2人きりで置いて隠しカメラを置いておくんですよ、四六時中。実際に痛めつけて首を絞めて殺す寸前のところまでいって実際は急遽助けが入って助かったんですけど決定的な子供を殺す寸前の所までのVTRを見たりして。<br />
<br />
　それは「代理によるミュンヒハウゼン症候群」といって、英語で言うと「ミュンヒハウゼンシンドロームバプロクシーイMSBP」っていうんですが、先生から話を聞いていて僕なりにその先生が児童虐待のバイブルになっている1万円くらいな本があるんですけどそれはアメリカで書かれてその先生がそのときに翻訳していたんですが、「代理によるミュンヒハウゼン症候群の細かい資料とかいただいてですね。<br />
<br />
　それらを読んで自分なりに確信がもてて『鬼子母神』というのを書いていたんですけど、もうミステリーというよりもミステリーは二の次にしても児童虐待でこんなひどいものがあるからこれを中心にしてやらなきゃいけないなぁという風にですねそれでミステリーとかホラー色が無くなってしまったんですがそれが『ホラーサスペンス大賞』で賞をいただいて、運良く賞をもらってテレビに放映されました。<br />
<br />
　テレビになったんですがテレビはものすごく放送コードが厳しいので制約が激しい媒体なので、僕が一番言いたかった「代理によるミュンヒハウゼン症候群」というのが全部削り取られてしまっていて、まったくそういうところは無くてただの児童虐待のテレビなってしまってちょっと落胆はしたんですがそういうことがありまして。<br />
<br />
　それでも児童虐待や子育ての周辺の本をいっぱい読んで、僕も家庭があって子供も二人いて妻もいてなんですけど、子育てとか虐待とかまったく深く考えたことが無くて自分勝手に興味の赴く向くまま小説を書いただけだったんですが『鬼子母神』を書くことで生きている自分の足元を見せつけられたっていうかあれを書かなかったら僕って言う人間は今でもそうなんですけど凄く傲慢で、とにかくそのことで勉強しなったらひどい人間になっていたなぁという風に思いました。<br />
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